機械人形、魔石を集める②
ダンジョン=リンカーアーム地下20階――
「――そりゃあ、見える訳ないよね〜。」
「うん、ただただ暗い。」
2人の少女が天井に広がっている大きな裂け目を見上げている。
ダンジョンの裂け目。
俺が名無しのナナシであった頃、チンピラ3人組にリュックを奪われた上、突き落とされた穴だ。
今考えてみても、あの時、全身打撲を負いながらも命が助かったのは、【アンチ】という才能の破格さを思い知らされる。
なんの因果か、その時、俺を突き落とした極悪人たちとアリウムが共闘している。
散々、俺たちをいじめ虐げた相手に協力するなんて、正直言って人の良すぎる話である。
しかし、破格な才能を持つアリウムが『英雄』として立ち上がるキッカケをくれたのだと考えれば、波瀾万丈の伝説の一説といっても良いのではないか。
「ここ地下20階でしょ?」
「ああ、そうだな。」
「じゃあ、この裂け目は17階も突き抜けてるわけ!?」
「ああ、そうだな。」
「そんな………、こんなとこに落とされたなんて………。」
「…………。」
「信じらんないっ! やっぱりアイツらぶちのめさないと気が済まないっ!」
「…………。」
「ヒーロ兄もアリウム兄も、なんで許したのよ! あんな奴ら、生きてる価値ないって!」
「そうだよヒーロ兄っ! 今からでもアリウム兄たちがアイツらの手伝いするのを辞めさせようよっ!」
このフロアに来た時、ついナギとナミに俺がダンジョンの裂け目に突き落とされた件を話してしまったのだが、2人にかなりの衝撃を与えてしまった。
さらに、俺を突き落とした相手が、あのチンピラ3人組と知ると、2人は烈火の如く起こり始めて、今のやり取りになる。
「――いいじゃないか。アイツら、改心したんだよ。」
俺はあの日、気を失って倒れていた場所に胡座をかいて座る。
そしてその場所から、終わりが見通せない高さのダンジョンの裂け目を見上げながら、頭から湯気を出して怒り散らす2人に声を掛けた。
「そりゃさ、あの頃の俺もアイツらを許せなくて、悔しくて、悲しくて………。」
理不尽な暴力のなんと恐ろしいものか。
自分が望んだ訳ではない境遇に、何度、絶望したことか。
意図せず備わったこの姿に、何度、絶望したことか。
何度も何度も何度も………。
それでも生きていかなくてはならない地獄のようなこの世界で、それでも、あの日、あの時、この場所で生き抜くことを決めた時、あの優しい剣士たちに出会えた。
俺にとっての『英雄』。
俺の全てを変えてくれたと言っていい、『英雄』との出会いを作り出してくれたのも、今、話した理不尽な出来事だ。
「――でもさ、俺は思うんだ。俺の冒険はここから始まった。始まりがあるから今がある。」
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「あなた自身は人に悪意をむけないで。優しいあなたが私は一番好きよ。」
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すでに彼女がどんな声だったかも忘れそうなくらい、この世界に来て時間が経った。
でも、彼女の言葉はしっかり覚えている。
あの日、あの時、俺を諭して生きる覚悟を決めた。
妻の言葉と英雄の行動。そして――
「今、ナギとナミに会えたのも、この始まりがあったから。だからさ、今は、今の為に。これからの為に生きようよ。」
恨みは忘れることは無い。
それは絶対だ。
いじめられた側に残った傷は、ふと気づけば疼き出し、痛みを思い出させる。
その痛みは、何度でも怒りを生み出し、絶望感を生み出し、進み続ける人生を打ちのめしてくるのだ。
しかし、そんな事に俺の人生狂わされっ放しで生きていくなんて許せない。
絶対に、負けてたまるか――なんだ。
「――さて、少し休んだら、また魔石集めするぞっ!」
なんともやりきれない表情で俺を見つめる少女たち。
それでも、あっけらかんと今を生きる俺の姿に、煮え切らない思いを感じているのだろう。
彼女たちも、理不尽な嫌がらせを受けてきたかやこそ、俺の生き方に不満も感じているに違いない。
俺自身、そんな彼女たちを理不尽な事柄から守ろうとしてきたのも事実だ。
おそらく、その事についても彼女たちは気づいているし、今はそんな理不尽に負ける事は無いに違いない。
「――ほら、魔物の足音だ、またワーグかな?」
「ちょっと、ヒーロ兄誤魔化さないで!?」
「いや、本当だって。なあ、ナギ?」
「ナミ、ほんとみたいだよ。かなりの数だね。気合い入れてっ!」
「マジでっ! もぉっ! ヒーロ兄、またあとでちゃんと聞かせてよ!」
「聞かせてって、何を?」
「だから、チンピラたちをどうするか!」
「そんなの――どうでもいいじゃないか!」
「「―――!?」」
足音はかなりの数のようだ。
あの時も、身体中噛みつかれて大変だったな。
でも、今、俺は生きている!
「今、俺は生きてるんだからっ!」
「………機械人形=ゴーレムのくせに………。」
「あは、それもそうか!」
生きている。身体は機械人形。でも、生きている。
不思議な人生、いや機械人形生か?
でも、負けてらんないのよ。やるべきことがあるから。
「さあ、やってやろう! いじめられっ子、世にはばかるさっ!」
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