機械人形、魔石を集める①
♢
「ヒーロ兄、ワーグの群れが来る! 5頭っ!」
パーティーの索敵役、レンジャーのナギが大声で叫んだ。
前方から全速力で走ってくる魔物ワーグ。
所謂、魔狼という奴で、ここダンジョン=リンカーアームの中層辺りを縄張りにする魔物だ。
そう、忘れもしない、俺が名無しのナナシだった時、散々に痛ぶられたあの狼の魔物だ。
今、俺たちは当初の予定通り、ダンジョン=リンカーアームに潜り、魔石集めに取り組んでいた。
「ウチが行くっ!」
ナギの声に反応して飛び出したのはナミ。
クラスは魔獣使いであるはずなのに、魔獣を使役する素振りを全く見せず、その身一つでワーグの群れの前に躍り出た。
「――ウリャっ!」
気合いを込めた右拳を突き出すと、群れの先頭を走るワーグが弾け飛ぶ。
「ギャウンっ!?」
受け身も取れずに転がるワーグ。
吹き飛ばされたワーグに目もくれず、残りの4頭のワーグが一斉にナミへと飛びかかる。
しかし、最初の一撃だけでナミの動きは止まることはなかった。
「――オリャっ!」
突き出した右の拳を戻すと同時、左の拳を突き出して2頭目のワーグを吹き飛ばすと、その流れのまま、右手の裏拳が3頭目のワーグの頭を吹き飛ばす。さらに右脚が鞭のように振り回されると、残りの2頭のワーグが同時にダンジョンの床に叩きつけられた。
「歯応えないわね〜。」
俺とナギは全く出る幕無し。
ダンジョンの中で躍動する魔獣使いに、乾いた笑みを送りながら、消滅したワーグの残した小さな魔石を拾い集めた。
「………まったく、ほんと馬鹿力よね。」
「ふっふ〜ん、活躍の場が無いからって拗ねないでよね。まあ、このダンジョンはウチの遊び場みたいなもんだし、ナギは魔石拾いだけしてればいいの。」
ここダンジョン=リンカーアームは、使徒である氷狼フェンリルが管理するダンジョン。
氷狼の眷属であるナミは、このダンジョンで長く修行を続けていた為、まさに庭。遊び場と評してしまうのも頷ける。
「しかし、あれだな。ナミは【魔獣使い】というより【格闘家】って感じだよな。実際、使役できる魔獣は居ないのか?」
【獣体術】というスキルを持つナミは、先程の戦いが象徴するよいに、その身体を凶器にして戦う武闘派だ。
氷狼の眷属になった事で自然にスキルが発生し、彼がそのスキルを鍛えたことにより、すでに【獣体術】の達人である。
ただ、彼女が選んだクラスは【魔獣使い】。
元々、【キーパー(動物飼育)】という才能持ちであったナミは、自分の特性を活かしたいと【魔獣使い】というクラスを選んだのだが、神獣王でもある氷狼から「俺たちを使役するなんざ、1万年早ぇ!」と、【獣体術】ばかりを訓練されたらしい。
「あはは、実際、ニールと一緒の時は、2人とも力が増すみたいなんだけどね〜。」
本来なら、【魔獣使い】というクラスは、【精霊使い】が精霊たちと契約して力を借りるように、魔獣と契約し、その力を借りて戦う戦闘職だ。
事実、古竜=エンシェントドラゴンの子、ニールと一緒に行動すると、お互いの力が増すらしい。
【魔獣使い】というクラスは、自分自身と使役する魔獣の力を120%引き出すことができる。
だからこそ、本来なら魔獣を自分の支配下に置き、盾に矛にと使って戦うのが正解ではある。
しかし、ナミは特定の魔獣と契約することはせず、我が身を武器に最前線で戦う道を進んでいる。
そんなんじゃ、【魔獣使い】をクラスに選んだ意味がないじゃないか、と俺も考えたことがあったが、実は生来の彼女の優しさが、魔獣とはいえ自分以外の仲間が傷つくのが耐えられない為だと知ってから、その考えを捨てた。
普段の姿は天真爛漫。
褐色の肌は元気印。
いつも元気で明るい印象のナミだが、彼女の母親から聞いた将来の夢は、『牧場主』。
彼女は、牛や馬、鳥などに囲まれた優しい時間を過ごすことが夢だったらしい。
それが、狐憑きの悪巧みのせいで大きく人生を狂わされ、使徒の眷属になってしまったのだ。
どんな因果が、彼女をこの道に迷い込ませてしまったのだろうか。
「――いいじゃないか。ニールとのコンビは俺から見ても、かなりのものだぞ。」
そんな優しい彼女だから、自分よりも弱い魔獣を自分の為に戦わせることを望まない。
俺はナミがそう考えるなら、そのままでいいと思っている。それよりも――
――彼女が将来、好きな動物に囲まれて過ごせる世の中に、いや、環境を作ってやりたい。
「早くニールが目覚めてくれたらな〜。」
古竜の子ニールは、今、親である古竜王ゴズの竜石を飲み込み、その力を引き継ぐ為にダンジョン=インビジブルシーラにて休眠している。
いつ、その休眠が終わるのかはわからないが、古竜としての力を増したニールが目覚めれば、使役する魔獣を持たないナミにとって、素晴らしい相棒になってくれるだろうと、俺は思っている。
きっとそれは、ナミが望まない使役ではなく、友として。
「よっこいしょ………。さて、次いくぞっ!」
ワーグの魔石を拾い集め終わり、俺は号令をかけた。少しでも多く魔石を集め、もう一つの奇跡の可能性をあげるために――
「ちょっと、ヒーロ兄……、親父くさい。」
「よっこいしょ、って、なんかほんとおっさんすぎ。」
「えっ!? 俺、そんなこと言った!?」
気合いを入れたつもりが、思わぬ突っ込みが入ってしまい、まさに腰砕け………。いや、俺、実際におっさんだから許してください。
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