理と理
いつからか、この国に北側には栄えている街はなくなっていた。
唯一の大きな街だった北の街シーラタウンも、ダンジョン=インビジブルシーラに発生する魔物から魔石が取れなくなってからは景気は落ちる一方なわけで、現代では閑散とした賑わいとは皆無の街と化している。
人々は南の街へと流れ、どんどん人口は減り続け、そうなると人の居なくなった街や周囲の村は廃墟となっていく。
不思議なもので、家というものは人が住まなくなると、途端に荒れていく。
そんなボロボロになった建物は、地上に住む魔物たちの格好の住処となってしまうのだ。
「ヒロ兄〜、この村も廃墟だね〜。」
「これって森の女王がダンジョンの核を取り去ったからこうなったってこと?」
「そうだな。魔物から魔石が取れなくなって、冒険者が寄り付かなくなり、さらに魔石の取引が無くなった事で、街の経済が成り立たなくなる。そうなれば、人々は暮らせない。」
「………そういうものなのね。」
「じゃあ、国の北側が栄える目は無いってこと?」
「新しい産業とか、何か経済を支えるものが生まれないと難しいかもな。本来なら、人々が新しいものを生み出して、そして、自由な競争を経て、経済が発展していくものだけど………。」
「ヒロ兄、なんか難しい話してる………。」
「経済ってなに? 魔石を集めて売ることより儲かるってこと?」
「いや、そうじゃないよ。ただ、まあ………。」
国の北側が衰退しているのは、魔石の流通に頼った経済構造故だ。だから、魔物が魔石を落とさなくなった事で、人々の生活が成り立たなくなった。
太陽神が行った【楽】プロジェクト。
これによって、やる気をなくした長命種たちは怠惰に落ち込み、世界は停滞した。
その失敗を受け、新しい世の理を作り出した狐神ウカたちが立ち上げた【試練のダンジョン】プロジェクト。
才能の開花を目指すことで、人々に活気を作り出し、世界の停滞を回避した。
しかし、北側に広がる荒廃した世界を目にすれと、【試練のダンジョン】プロジェクトにより世界の主流となった魔石に頼った経済構造は、実は新しいものをさらに産み出すことへの人の執着を失わせてしまったのではないか、とも思えてしまう。
こんな話を森の女王たち、ウカ神の使徒に話しをしようものなら猛烈な反論を受けるに違いない。
彼らにとって、彼らが作り上げた【試練のダンジョン】プロジェクトは、この世界の大部分を救った最高の取り組みと信じて疑わないのだから。
だからといって、この状態を放っておけば、世界は小さく小さく縮んでいき、益々、新しい理を産み出すことは難しくなるに違いない。
「まあね、ダンジョンの核が俺のこの身体の核に使われなければ、こんなにも国が衰えることはなかったんだろうけどね。」
「「―――!?」」
ウカ神の魔力核が【試練のダンジョン】にそのままあり続けていれば、もしかしたら魔石を中心とした経済構造も崩れることは無かったのかもしれない。
そう考えると、今、機械人形=ゴーレムとして生きる俺自身が、世界の平安を壊した原因の一つなのだ。
「――俺って存在はなんなんだろうな。」
ふと、小さな心の声が溢れる。
何故か俺の魂はこの世界に飛ばされ、アリウムの魂の片隅に間借りし、今では機械人形=ゴーレムの中にまた間借りしている。
この世界の裏の歴史=真実の歴史に触れ、何故か神々の争いの中に巻き込まれている。俺が望むも望まぬも関係なく、だ。
たとえばこのまま、使徒たちの希望通り、どうにかして混沌王ヒルコの魂を封印することができたとして、【楽】プロジェクトから始まるこの世界の理は上手く流れていくのだろうか。
いや、もしかしたら、今この北の街で起きている世界の廃退は、新しい理を求めている証拠なのかもしれない。
だとしたら………。
♢
「――ヒロ兄っ! ヒロ兄ってばっ!」
「――っ!?」
自分の思考に深くのめり込んでいたが、元気な少女たちの声に、現実の世界に引き戻される。
「もう、何をぼぉ〜っとしてるのよっ!」
「ほんとよ、ウチらが何度話しかけても返事もしないんだもの。ちょっとおかしいよ? 大丈夫?」
どうやらかなりの時間、周りの声が耳に入っていなかったらしい。
心配そうに俺の顔を覗きこむ2人の少女に慌てて笑顔を返した。
「悪い悪い。ちょっと考え事してたんだ。大丈夫。心配ないよ。」
考えても答えが見つかるわけもない、そんな思考のスパイラルだ。今は、やるべき事に邁進しよう。
「さあ、さっさと三日月村に向かおうか。ここでこうしていても、魔石を落とさない魔物に狙われるだくだ。」
「ウチらの家も、しばらく留守にしてるから、もしかしたら廃墟になってるかもね〜。」
「村の人たちが管理してくれてるから、その辺は大丈夫だろ。それより、ナミ、ナギはご両親に会うのが楽しみだろ。なあ。」
「――ウチだってもう子供じゃないっての! まあ、たまには顔を見せて親孝行しないととは思うけど。」
「ふふ、ナミは甘えん坊だなぁ。まあ、ウチは三日月村なんか寄らなくても良かったんだけどね〜。」
リンカータウンに向かう途中、三日月村に寄って2人の少女とアメワの無事を知らるつもりの俺たちは、途中立ち寄った廃村を出発した。
強がりを言いながらもまだ大人になる手前の少女たちだ。久しぶりに家族に会える喜びは誤魔化すことはできていない。
彼女たちを守る誓いを改めて胸な刻む。
――機械人形=ゴーレムとして生きることになってから、まだ仲間の家族に挨拶もできていないし、どんな反応があるかもわからないが………。