温度
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『――んなら、リンカーアームで待ってるぜ。』
のっぺら坊の氷狼人形はこれだけ言うと、フッと全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。
『まったく………、まだ出発もしていないのに、気の早い奴だ。しょうがない、我もレッチェアームに戻って準備でもしておくか。またな、アエテルニタス、ダンキル。機械人形たちが魔石を集め終えたらまた会おう。』
同じようにのっぺら坊の吸血鬼王人形も仰向けに倒れる。宿り主の習性が残ったのか、こちらは胸の前で腕をクロスしていた。
「やれやれ………、ブラドもフェンリルの事を笑えないわね。せっかちコンビだわ。」
「ガハハッ、まあ、昔から変わらないのぉ。」
ダンジョン=インビジブルシーラの使徒の部屋に、二人の使徒のため息と笑い声が残る。
ウカ神がダンジョンに封印されてからというもの、こんなにも仲間同士が集まったことは無かったというのに、旧交を温めるでもなく、あっという間に解散となってしまったのだ。
一番クールな性格に思えた森の女王だが、何か寂しげな表情を浮かべていた。
「なんじゃ、機械人形。性悪エルフの心配なんぞ必要ないぞ。此奴の鉄仮面は、多少のことじゃビクともせんわい。」
ドワーフ王がすかさずフォローを入れたが、森の女王の反応がいつもと違っていた為、少したじろいでしまった。
「………なにさ。私だって寂しさぐらい感じるわよ。」
森の女王の頬は紅潮し、普段のキャラとは違う自分を見せてしまった後悔を感じさせた。
「ふむ………。ウカ様は封印され、ヒルコは狂い、ゴズとギルは死んじまったからな。さすがのお前さんでも堪えるものがあるのかの。」
長命種には、寿命という概念が小さい。
それ故、身近な者の死というものはとても大きい。
無限とも思える長い寿命を持つ彼らにとって、あっという間に生涯を終える短命種とは悲しいかな見送ることばかり。
また、事故や災害、冒険などで不意に命を落とす者との別れは突然だ。
彼ら長命種は、どれだけの死と向き合い、乗り越えてきたのだろうか。
「あんたみたいな根暗の穴蔵爺が生き残って、この世の最強種と謳われた古竜王ゴズや、頑丈で死にそうもなかった赤鬼ギルが死ぬなんてね………。」
「ふんっ………。悪かったの。まあ、ワシだってこの身体じゃ。そう遠くもなく、彼奴らの所へ逝くことになるじゃろうから、安心せい。」
「………。」
「なんじゃ、アエテルニタス。こんなクソジジイでも居なくなると不安かの。ガハハ――」
「――うるさいわねっ!? 別に不安なんて無いわよ! 」
「おお、おお、くわばらくわばら。珍しく鉄仮面が外れとる。機械人形よ、気をつけて行って来い。ワシは退散じゃ。ガハハっ!」
そう言って顔をくしゃくしゃにして笑うと、ドワーフ王は車椅子を操って自室へと向かう。
いつもなら森の女王が車椅子を押してやるのだが、さすがにあのやり取りの後では手伝いはしないようだ。不器用に車椅子を操るドワーフ王は、ゆっくりと扉の向こうへと消えた。
「………まったく、あの根暗の穴蔵爺め………。あんたみたいなクソジジイだって、居なくなったら喧嘩もできなくなるでしょうが………。」
両手で顔を覆いながら、森の女王は小声で呟いた。
俺たちの前では決して見せなかった姿。
今まで叶うことがなかった仲間との再会が、彼女の冷たい心を揺り動かしたのだろうか。
そんな使徒のやり取りを見ていて、ふと俺の頭に一つの考えがよぎった。
制限無く時間を生きられる長命種が、いつの間にかやる気を失い、無気力に滅びていったのは、太陽神の行った『楽』プロジェクトだけが原因ではないのではと。
大小様々な別れの負の部分から、自分たちの心を守る為の防衛反応の一つが無気力だったのかもしれない、と。
アリウムの中で『アンチバリアの殻』にこもった俺も、自分の心を守る為に外界との関わりを絶った。
無理矢理俺を殻の中から仲間たちが引っ張り出してくれたから、今、こうやって機械人形=ゴーレムとして生きているが、あのまま殻の中に閉じこもっていたら、滅びた長命種と同じく消え去っていたことだろう。
単なる思いつきではあるが、この考えは不思議と俺の腹の中に落ちた。
だからなんだと言われればそれまでだし、この考えが一つの正解だったとして、特に何かが変わるわけではないのだけれど。
「――ヒロ兄、行こう。」
「ウチがガンガン魔石を集めてあげるから安心して。」
「ウチの方が多く集めるから安心して。」
「はあ!? 何言ってんの。ウチの方が多く集めるに決まってるでしょ!?」
「脳筋女より、頭脳派のウチの方が効率的に集められるからね。」
「誰が脳筋よっ! ナギなんてどうせ貧血で動けなくなるに決まってる!」
突如始まったナギとナミの口喧嘩に意識を戻される。
思考の中にのめり込みそうになっていた俺は、なんとなく2人に感謝した。そして、いつもこんな時に二人を諌めてくれる彼女にも――
「ちょっと、二人とも! いい加減にしなさいっ! これから出発って時に喧嘩しないっ!」
しっかり者のアメワの一喝に、さしもの2人もおとなしくなる。さすがだ。
しかし、今回の旅にアメワは同行しない。
竜石を飲み込んでまだ調子が戻らないニールと、これまた竜石を放り込まれた精霊箱――あの優しい妖精を見守ってもらう為だ。
とくに、精霊箱に関しては、彼女を知る者がいた方が良いとの結論になり、一番古い付き合いのあるアメワに残ってもらうことになったのだ。
「せっかくだから、付与魔法の修行でもつけてもらうわ。」
そう言ってこの役割を快諾してくれたアメワには感謝しかない。
ただ、アメワが同行しないということは、ナギとナミの諌め役も俺がやらなくてはならない。これはなかなか大変そう。
「――では、行ってきます。」
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