姫と英雄⑦
次の日、リンカータウンには、『ニギ王の乱心』の噂でもちきりになった。
襲われた当事者である王女マヨリが、街の国軍軍令の元に逃げ込み、匿われたという話は、瞬く間に広がり、誰もがこの国に起きた異常さに恐怖した。
しかし、国の象徴とされる王族は、一般の国民からすると自分たちの生活には直接影響の無い存在でしかなく、その恐怖感はすぐに王族を卑下するものへと変わっていく。
「王様が【デビルズヘブン】の親玉だったらしいぞ」
「なんと、そりゃ恐ろしい話しじゃねえか。」
「王様なんて、なんの取り柄もない御飾りじゃなかったのか?」
「まあな、国王とはいえ、国の政に口を出せるわけじゃないし、まあ、御飾りだよな。」
「だが、裏ギルドと繋がってたとなれば、酷い話しだろ? だって、俺たちから絞りとった税金を使って悪事に加担してたことになるわけだし。」
「それな。ただの御飾りなら、よっぽどその方がいいっで話しよ。」
「そりゃ言えてるな。俺たちの税金で気ままに暮らしてるかと思えば、裏で悪事の手伝いしてるなんて笑えないぜ。」
「椅子に座ったまま、『そうか、上手くやれ』ってしか言わないって噂だったけどな。」
「そうそう、民の前でも手を振るだけで、何もしない王様って、もっぱらの噂だったのに。」
「無能なら無能らしく、ヘラヘラ笑って手を振ってくれてるだけで良かったのにな。」
「自分の娘を殺そうとしたんだろ?」
「そりゃ、姫さんも災難なこった。」
「なんでも、姫さんは無能な王様と違って優秀らしいからな。」
「そうそう、何せ【デビルズヘブン】討伐に並々ならぬ意気込みだったらしい。」
「だからか? 王様が娘を殺そうとしたの。」
「無能と陰口叩かれてる王様が、優秀って噂される娘に嫉妬したとか?」
「まあ、なんにせよ、国の象徴なんて扱いの御飾り王族なんざ、俺たちにとっちゃ関係ないさ。」
「そりゃそうだ。しかし、【デビルズヘブン】の壊滅作戦は失敗したし、王様は乱心してるし、これからもっと荒れるかもしれないな。」
「議会は何をしてるんだか。」
「そういえば、この街の英雄が帰ってきてるらしいぞ。」
「英雄って、魔物大行進からこの街を救ってくれた、あの英雄か?」
「そうそう。なんでも、【デビルズヘブン】の討伐に協力してくれるらしいぞ。」
「マジかっ! なら、この街の英雄が、この国の英雄になるかもしれねぇなっ!」
「あの方ならやってくれるだろっ!」
「ああ、そうだな。」
「【絶対防御の英雄】に乾杯っ!」
♢
「君がこのリンカータウンを救った英雄か。」
国軍屯所の軍令室。
クレージュに呼び出され、冒険者ギルドに集まっていた面々が召還されていた。
「はい、この少年がリンカータウンを魔物大行進から救った英雄、アリウム殿です。加えてお話すれば、わたくしバロン・ド・クレージュを含め、防衛戦に参加した国軍兵士も救っていただきました。」
昨夜までの戦装束からドレスに着替えた王女が優しい笑顔で、国軍軍令に紹介された白髪の少年に声をかけた。
「あ、あの、アリウムと申します………。お初にお目にかかります。」
「【絶対防御の英雄】殿、その節は街を魔物から救っていただき、ありがとうございました。」
「い、いえ!? 僕はお手伝いしただけで………、国軍のみなさんや街のみなさんが必死に戦った結果なんです。」
慌てて否定するが、後ろに控えていたアークとニーンから不満の声があがる。
「何を言ってるんですかい!? 兄さんの活躍があったからこそ、みんな戦い抜けたんですぜっ!」
「ああ、その通りだ。兄さんが居なければ魔物たちに踏み潰されて終わりだった。」
「貴殿が考案した防御策も含めて、この街を救った英雄であることは間違いありませぬ。アリウム殿、謙遜もし過ぎは良くありませんよ?」
突然話に割り込んだチンピラ冒険者に腹を立てるわけでもなく、将軍は和かに笑った。
「そうね。アリウム君はもう少し自信を持った方がいいわね。」
「まあ、僕らは誰もその戦いに参加していないから、どんな感じだったのかは想像できないが、アリウム君の戦う姿が周りに勇気を与えたことは間違いないさ。」
「――!? だって、その時は――」
ソーンとライトに持ち上げられ、しかし、あの時の白髪の少年は、自分ではなかったことを口にしかけてやめた。
二人とて、あの時、少年だったのはヒロであった事を知っている。それを知った上で、二人がアリウムの功績として口にするのだ。
何故………。
「――アリウム殿、【絶対防御の英雄】という二つ名を持つ貴殿を見込んで、わたくしから貴殿にお願いがあります。」
ドレス姿の王女は、美しい所作で白髪の少年ね前に歩み出ると、カーテシーのように足を軽く曲げて頭をさげると、少年の手を両手で包み込んだ。
「すでに聞き伝わっているかと思いますが、我が父、ニギ王が【デビルズヘブン】と手を組んでいることがわかりました。また、わたくしを亡き者にしようと国軍の兵士を刺し向け、ヒルダ殿達の御助力が無ければ命を落とすところでありました。」
一度居住まいを正し、ヒルダたち自分の救出に尽力した面々ひとりひとりに頭を下げた。
力は無いとはいえ、まがりなりにも国のトップにいるはずの王族が、平民相手に頭を下げて歩く姿に一堂は息を呑む。
「――英雄殿、それにそのお仲間のみなさま。改めてお願いいたします。わたくしと一緒に【デビルズヘブン】を、そして悪の道に落ちた父王を倒す為に力をお貸しいただけないでしょうか――」
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