姫と英雄①
本日より『第9章』になります。楽しんでいただければ幸いです。
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なんでそんなことをするの?
なんでって? なんのことさ。
君は何をとぼけてるのさ。
とぼけてなんかいないよ。ああ、わかった、きっとあっちのアイツがやったんじゃないの?
あっちのアイツって、どっちのアイツさ。
あっちのアイツはそっちのアイツさ。自分自身の事なのにわからないのかい?
君だって、自分自身の事なのにわかっていないのだろう?
そんなこと言われても、アイツも、アイツも、僕であって僕ではないもの。そりゃあ、わからないさ。
あっちのアイツも、こっちのアイツも、そっちのアイツも、君も、僕も、みんな同じでみんな違うから、もうわかりようがないね。
ああ、でも、アイツだけはアイツだね。
そうだね。アイツはアイツのまま、変わらないね。
そりゃあ、アイツだけはアイツだからね。
アイツがみんなを生んでる訳だし、やっぱり、アイツが大元だろうね。
君も、僕も、アイツだろ? なら、アイツとアイツがやったことも、全部、アイツの考えたことなんじゃないの?
そうだね、結局、君も、僕も、アイツなんだろうね―――
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「――こんな深夜に何者だっ!」
リンカータウンの西門では、俄かに緊張感が高まっていた。
雲の無い夜空には、明日には満月になるだろうまん丸に違い月が浮かんでいる。
「我らは冒険者だ。首都キャピタル・ヘルツから来た。」
「こんな夜中に街に入れると思っているのか? 昔と違ってこの街は夜中に門を開ける事はない。その辺りで野宿でもしながら、朝まで待つように。」
「――ええと、こちらの方は、テラ・オリンス王国、第一皇女マヨリ様です。そして私はキャピタル・ヘルツの冒険者ギルドのグランドマスター代行ヒルダと申します。緊急の事態のため、早急に街の中に入れていただきたい。」
長剣使いと門番のやり取りが不毛とみたのか、美人秘書が身分を明かして交渉する。
しかし、冒険者証で長剣使いたち冒険者の身分は証明できるが、いかんせん王女であることを証明する物がない。
「――姫様だと!? そんな………、いや、姫様が徒歩で街を訪れるわけがないっ! しかも従者がこれだけだなんて、信じられるわけなかろうがっ!」
「………ごもっとも。しかし、先程申し上げた通り、緊急事態なのです。姫君もかなりお疲れ様です。なんとか街に入れてください。」
普通はありえない王族の来訪。
影響力が小さいとはいえ、一介の兵士にとって王族を蔑ろにできるものではない。
だが、国軍の制服を着た護衛がいるだけで、目の前にいる少女を王女と判断することは難しいこともわかる。
だいたい、一般の市民に毛の生えた程度である下級の兵士が王族の顔など知っているはずもない。
そこで、本来の仕事を全うして、頑なに門を開こうとしない門番たちに、魔術師と王女が同時に提案した。
「――冒険者ギルドの長、ハンド=サム殿を呼んでいただけませんか? あの方はこの街の顔役の一人ですし、我々の身分を証明してくれるはずです。姫君との面識もあるかもしれません。」
「そうそう、そういえばこの街の国軍司令官はクレージュでしたね。彼にマヨリが来たと伝えなさい。」
リンカータウンの大物2人の名前を出され、門番たちは益々落ち着きを無くしていく。
さもありなん。腐っても王族は王族。もしも、本物の王女とグラマス代理であれば、下手をすれば不敬罪に問われるかもしれないのだから。
「………わ、わかった………。」
門番の一人が、脇戸をくぐり街の中へ入っていく。おそらく、ギルマスか司令官に伝えに行ったのだろう。
「ふむ、なかなか難儀なものですな。」
竜騎士は首を傾げた。
竜人族は古竜王を崇め奉り、その手足となって働くことを信条としている。
しかし、目の前で落ち着きなく目を泳がす門番たちは、王族を名乗る存在を前にして、跪くでもなく、また、護衛の2人の兵士にしても、ある程度の忠誠心を感じはするが、王女に対して熱狂的に信奉しているようにも思えない。
「まあ、我らの王のような絶対的な力を持ち得ないとすれば、こうなってしまうのかもしれんな。ましてや、何代も王が代わっているとすれば、伝説の存在と比べくもないわけだし………。これが短命種の王の難しいところかもしれんな………。」
善なる神々に協力したニギ王は、この世界で初めて3つの才能を授かったという。
戦闘に特化したその力は圧倒的で、1000の戦いに挑み、一度も負けることは無かったという。
代々の王は、その才能を引き継いできたが、代が進むにつれ、その力は弱まり、さらには3つ目の才能まで授かることもなくなってしまった。
「………ギースさん、結局は努力を重ねることが無ければ、第3の才能なんて授かることはないのよ。ヒロ君を見続ければわかる。短命種は、前世の財産だけで才能を授かるわけではない。その者の辿った日々が、その者の将来を決めるのだと。」
聖職者が月を見上げながら呟く。
「まあまあ、ソーン。そんな事を言っては王様たちが可哀想さ。結局、王様たちは努力する機会を奪われた存在。ただただひな壇の上に置かれて、その才能を開花させる事が出来なくなってしまったのだから。」
魔術師が竜騎士と聖職者の肩をポンと叩く。
色々と歴史の裏側を知った事で、歴史学者でもある魔術師の言葉は深みを増したようだ。
「結局、王族を堕落せしめたのは、その王族を担ぎ上げた民だったということか――」
長剣使いが、どかっと胡座を組んで座る。
その視線の先には静かに立ち尽くす王女の姿。
哀れみとは違う何かを感じながら、しかし、それが何かが分からず、月を見上げる長剣使いだった――
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