残夢
♢
《 ………ヒロ………。》
本来なら自然に還るはずだった
《 ………ヒロ………。》
本来ならただの精霊に戻るはずだった
《 ………ヒロ………。》
本来なら何も覚えていない、ただの風の少女行こうシルフとして世界の理の一部に戻るはずだったのに、私はまだ、彼を覚えている
《 ………ヒロ………。》
あの時、必死で守ってくれた彼の気持ちも
あの時、2人で流した悔しい涙も
あの時、繋いだ手の温もりも
あの時、そっと触れた唇の感触も
あの時、言ってくれた嬉しい言葉も
あの時、誓った私の気持ちも
《 ………ヒロ………。》
全部全部覚えている
霧散するはずの記憶とともに、仲間たちがこの箱の中に仕舞い込んでくれたから
《 ………ヒロ………。》
仲間たちが、私に魔力を与えてくれた
使い果たした私の魔力を補うように
使い切って消えた私の身体を補うように
大切な記憶だけが私を私として補完していた
いつまでもあなたなそばにいたい思いだけで
《 ………ヒロ………。》
もと姿とは違うかもしれない
でも、今度はあなたを支えてあげられる
いつまでもあなたのそばにいる
いつまでまあなたを支え続ける
いつまでも………
いつまでも………
いつまでも………
♢
♢
♢
「………ふん。じゃあ君は、どうあっても【爽緑の竜石】は渡さないということだね。」
森の女王が冷たい声で俺の話を遮った。
「………はい。俺は彼女を忘れない。自分の命を削って俺を助けてくれた彼女を。」
はぁ、と大きな溜め息をついたのはドワーフ王である。
「アエテルニタスよ、あの箱の中で妖精が休んでいることを教えたのはお前だろう。まあ、まさか精霊たちが【爽緑の竜石】を使おうと考えるとは思わなんだが………。」
「そりゃあ、あんたが教えろって言ったんじゃない。それに、私が教えてないとして、精霊たちはそれを知っていたんだから、どうせ同じ結果になったでしょうよ。」
『なら、許してやれ。本来、竜石なんぞ手に入る予定ではなかったのだからな。』
「………ブラドは黙ってなさいよ。どうせあんたは、この子たちの味方でしょうから。」
『おっと、どちらかといやぁ、俺もコイツら寄りだせ。まあ、お前だってコイツらのことは気に入っているんだろ?』
話を遮られた時、絶対に許してもらえないだろうと考えていたが、どうやらそうでもないらしい。
使徒たちの話からすれば、【爽緑の竜石】を渡さないことについて、それほど問題にしていないように思える。
「――まあ、私とすればヒロ君、あなた自身がヒルコの封印の為に自分の核を使うつもりでいるのなら、それでいいのよ。だから――」
ああ、そういうことか。
森の女王、いや使徒たちにとって、最終的に仲間であるヒルコを封印し、助けることができれば良いのだ。
その為の代償が、ブリジットの魔晶石でも、古竜の竜石でも、そして、俺自身の魔力核であっても………。
「――ちょっと、ちょっと! 駄目よっ! ヒロ兄が犠牲になるなんてっ!」
「そうよっ! ヒロ兄がそのつもりでも、ウチらがそんなことさせないからっ!」
ごめん、ナギ、ナミ。
俺の決意はあの時から変わっていないんだ。
みんなのおかげで、この機械人形=ゴーレムとして生きていけることになった時から。
森の女王から、彼女の目的を叶えることに協力する約束をした時から。
「あははは、かわいい女の子にこうまで言われて、どうするつもり? きっと頑固な聖職者のあの娘も同じことを言うだろうね。」
さっきの冷たい視線はどこに行ったのか、今の森の女王は嫌らしい目つきでこちらを見ている。なんだそれ。森の女王ってそんなキャラだったか?
「いや、俺は、あの時宣言したとおり、他に方法が見つからない時は、俺自身の魔力核を使うさ。」
「「――なんでよっ!?」」
今にも泣きそうな2人の少女。
しかし、これはもう決めたことだから。
「あはははっ! いいね。いい覚悟だ。その覚悟忘れないでおくれよ。」
「………アエテルニタス………、何という意地悪ババアじゃ、お主、その身体に暖かい血は流れておるのか?」
「な〜に? ダンキル、あんた自分だけいい人みたいなフリして。あんただって、機械人形くんの魔力核を使うことに反対なわけじゃないでしょ?」
「そりゃあそうじゃが、言いようってもんがあるじゃろうが。」
『そうだな。アエテルニタスはあまりにも人の心に対する配慮が無さすぎる。』
『クククっ……ちげえねぇ。』
「何よ、あんたたちまで。ふん、何とでも言ってなさい………。実際、私は最終的に目的が果たせればいいし、なりふり構ってなんかいられないのよ………。」
最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったが、使徒たち全員、反対しないでいてくれるなら、俺はそれでいい。
俺のことを思ってくれる仲間たちには悪いが、一度死に、さらに二度目の人生も放棄しようとした俺が、この世界に執着して生き続けるなんてことは、考えるべきではないのだ。
アリウムは英雄を目指して動き始めた。
ならば、俺の命は誰かの為に。
それでいい。
それでいいんだ。
「まあ、まだチャンスはあるさ。サクヤも一生懸命、魔力核の鍛錬を続けているし、あの感じだと、もっと素材さえあれば、しっかりとした魔力核が作り出せそうだしね。」
ドワーフ王が、「何故それを先に教えてやらんのだ」とブツブツ言っている。
そうか、サクヤも頑張ってくれているんだな。
「――ところで、妖精のお嬢さんだけど、【爽緑の竜石】のおかげで、だいぶ魔力が回復しているようね。」
「――!?」
「でも、前に言ったとおり、彼女であって彼女じゃない。もしかしたら、姿形だけでなく、記憶も無くなってる可能性が高い。そこは覚悟しときなさいな。」
曰く、精霊箱の中に押し込められた魔力が、芋虫が蛹になって蝶になるように、全てドロドロに混ざり合って形を作り直しているようなものらしい。
故に、あの優しい妖精が、あのままそこにいるわけではないのだ。
それでも………。それでもまた会いたい。
もう一度、彼女に会いたい――
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