言い分け
使徒の部屋には、森の女王とドワーフ王、それに氷狼と吸血鬼王の現し身である2体の機械人形=ゴーレムが集まっていた。
「さてヒロ君。早速だけど、【爽緑の竜石】を出してもらえるかい。」
貼り付けたような笑顔を向ける森の女王。
隣で車椅子に座るドワーフ王は深くため息をつく。
「………まったく………。アエテルニタスよ、ゴズの最後を看取ってくれた男に、労いの言葉すらないのか。」
「ああ、そうだね。ヒロ君、お疲れ様。色々と大変だったようだね。」
森の女王のまるで気持ちのこもっていない言葉は、俺を不快にした。
自身を【研究者】と呼び、吸血鬼王曰く【効率主義者】。そんな彼女にとって、他人からの苦言など、まったく意に介さないのだろう。
「あの……、ニールの件は許してもらえたのですか?」
俺は古竜王ゴズが残した【真紅の竜石】は、その子供であるニールが無理矢理飲み込んでしまった。
そのせいで、未だにニールは腹を膨らませたまま動けずにいるのだが、俺の予想に反して、使徒たちはその行為に対してまったく触れてこない。
不思議に思った俺は、開口一番、使徒たちに問いかけてしまった。
『ああ、その件についちゃ、俺たちの話し合いで不問にする事で決まった。まあよ、ゴズの遺品をゴズの子供に渡すのは当たり前だろ。心配すんな。』
俺の問いに氷狼人形が答える。
森の女王は面白くなさそうな顔をしているが、まあ、使徒同士で話し合った結論がそうであったなら、古竜王の竜石は安心してニールの腹に納めておこう。
ふと吸血鬼人形の表情を伺う。
機械人形に顔はない為、その表情は読み取れないが、レッチェでの使徒間のやり取りを考えると、吸血鬼王が森の女王の説得側に回ってくれたことは。なんとなく想像がつく。
俺は吸血鬼人形に向かって軽く会釈すると、彼は横を向いたまま片手を挙げる。言葉はないが、俺の感謝の気持ちは受け取ってもらえたようだ。
「さあさあ、ゴズの竜石の件はいいから、早く【爽緑の竜石】とやらを見せておくれ。」
森のは、ニールの話を出した時の不機嫌MAXな表情から、新しい物が待ちきれないという好奇心MAXの表情へと変わる。
目的に対する彼女の意欲は、【欲】を無くして滅びそうになった種族の王にはまるで見えない。
いや、違うな。この【欲】があったからこそ、彼女自身は滅びと無関係でいられたのか。
「………それなんですが………。」
さて、ここからどうやって使徒たちを納得させようか。
3人の精霊たち――波の乙女、嘆きの妖精、霜男は、相変わらず精霊箱を囲んだまま、俺に返そうとしない。
「なんだい、もったいぶって。まさか、【爽緑の竜石】を無くしたとか? まさかな。」
ハッキリしない俺の態度に苛立ったのか、森の女王の口調は冷たい。自分の好奇心を邪魔されることへの強い憤りを感じる。
「………すいません。それなんですが、やはりヒルコの封印には、俺自身を使ってもらいたいのです。」
俺と4人の使徒の間に険が立つ。
彼らの中ですでに決定していた事を、突然ひっくり返されたのだから、まあ、さもありなんだ。
しかし、どうにかして認めてもらうしかない。
俺は、ダンジョン=インビジブルシーラに来る道中、そう決めたのだ。
「………どういうことさね。そりゃあ、君の魔力核をヒルコの封印に使うってのは、他の代替え方法がなければそうするつもりさ。でも、【爽緑の竜石】が使えれば、態々君が犠牲になる必要はないだろ?」
合理的でない。
森の女王はまるで不思議な物でも見るように、俺の言葉に首を傾げた。
「すいません。【爽緑の竜石】に他の使い道ができてしまったんです。だから………。」
「――は?」
使徒たちの険が深くなる。
俺の言っている事は、元々の目的から外れているのだ。それも、自分の願望を果たす為に。
それは、使徒たちの目標を知りながら、それを蔑ろにしようとしていると思われて当たり前だろう。
「………それは、私たちとの約束を守るつもりがないということかい?」
「俺の核を使ってヒルコを封印できれば、あなたたちの目標は達成できるはずです。」
「ふむ……、君は、後ろで君の事を心から心配しているだろう彼女たちや、他の仲間たちの気持ちを差し置いてでも、自分の核を使うというのかい?」
わかっている。
ナギとナミが俺の発言に驚き、怒っていること。
他の仲間たちが俺の発言を聞けば、そんなことは許さないと怒ってくれること。
それでも、約束と願望を秤にかけ、目的と目標をごちゃ混ぜにしてでも、精霊たちがとった行動を支持したい………いや、俺自身がどうしても彼女にまた会いたい。
その為なら、代わりに自分が消えることはまったく問題ではないのだ。
「………みんなには前にも伝えてあります。それに今、【爽緑の竜石】を使ってやろうとしている事は、仲間たちの願望でもあるはず。」
「へぇ〜………、ずいぶんな事を言うじゃないか。いったいどんな事をやるつもりだい。我々使徒との約束を反故にしてまてやりたい事とは。」
森の女王の目が鋭く俺を睨みつける。
隣のドワーフ王も、車椅子に深く腰掛けながら俺の答えを待っているようだ。
氷狼と吸血鬼王は………、機械人形の表情は読み取れないな。
「それは――」
俺は精霊たちがやろうとしている事、俺のやろうとしている事について説明し始めた。
みなさんのリアクション、たいへん励みになります。ぜひ、みなさんの感想教えてください。よろしくお願いします!