機械人形の憂鬱
「ゔぁ〜〜っっ!? ニール何やってんのっ!?」
突然のニールの行動に、ナミの叫び声が上がった。
俺もナギも、驚きすぎて空いた口が塞がらないでいる。吸血鬼王に至っては、キングスチェアから肘が滑り落ちていた。
「ニ………ニール?」
無理矢理竜石を飲み込んだニールは、喉に詰まらせたのたのか、呼吸ができずにのたうち回っている。
バンッ!!
俺は慌てて背中を叩いたが、その反動は竜石を吐き出すどころか逆にに見込んでしまった。
ふつう、自分の頭ほどの大きさのものを一口で飲み込む事なんてできるはずない。
しかし、古竜の子は、たしかに竜石を丸呑みした。なんか爬虫類っぽい………。すご………。
「………ニール………、大丈夫、なのか?」
苦しげに唸りながら仰向けになるニール。
軽く背中を腹を撫でてやると、パンパンに膨れていた。
『――なんと………、竜石を飲み込んでしまったのか――ああ、うるさいっ! そうなってしまったものはしょうがあるまいっ!』
インビジブルシーラの使徒の部屋では、おそらく喧々囂々、森の女王たちが大騒ぎしているのだろう。
吸血鬼王が額を抑えながら大声でをあげている。
『――ゴズの竜石なんだから、よかろうが!しつこいぞ、アエテルニタス。知性の女王を自称するのだろう? 他の手段を考えよっ!』
ブリジットの鍛錬した魔晶石、鬼ヶ島の砕けた魔晶石に続いて、今度は同じような価値のありそうな古竜王ゴズの竜石だ。
森の女王にすれば、こうまで続けてヒルコ封印用機械人形の核に使えそうな素材を目前で取り上げられたとなれば、さすがに腹もたつのだろう。
そこは甘んじて怒られるとして、ニールが心配だ。
お腹はパンパンに膨らみ、かなり苦しそう。
古竜=エンシェントドラゴンが爬虫類みたいな存在だとして、それならば獲物を丸呑みすることは当たり前の事になるが、知性があり、人のように咀嚼して物を食べる生き物であったなら、今の状態は異常だということになる。
物を咀嚼して食べるのは人と、その他少数派であり、他の動物は丸呑みが当たり前。なんて事を何かの本で読んだ気がするが。
「ニール、苦しいのか? 動けるか?」
腹を摩りながら話しかけるが、ニールは首を横に振るのみ。ナミに通訳を頼むも、当のニールが声を発さない為、ニールがいったいどんな状態なのかがわからないのだ。
『――だから、竜石はゴズの子供が飲み込んでしまった言っているだろうがっ! 何!? 無理矢理吐き出させろだと!? 他人に奪われることを嫌って飲み込んだゴズの子がそんな願いに応じるわけあるまいがっ! 』
インビジブルシーラの使徒の部屋では、突然起きた竜石飲み込み事件に対して、まだまだ落ち着きが取り戻せていないようだ。
使徒とはいえ、現世に存在する種族の王でしかない。感情で動いてしまうのは、知性のある種族にとって、避けることのできない行動だろう。
『――他の素材を探すほかあるまいっ! 知るかっ! お前が知らぬ事を、我が知っているわけがなかろうがっ! ああ、そうとも、どうせ我は無知なヴァンパイアよ。何とでも言うがよいわっ!』
う〜む。どうやら、かなり険悪な様子。
俺や仲間が関わってのこの状態。
なんとも心苦しくて、大声で騒ぐ吸血鬼王から目を逸らすと、ふと自分の腰に括り付けている精霊箱が目に入った。
そういえば、爽の古竜から取り出した竜石がこの中に。真紅の竜石ほどではないが、爽緑の竜石もかなりの大きさ。もしかしたら代用できるかもしれない。
「――吸血鬼王よ、森の女王に伝えてくれ。ここに爽緑の竜石がある。真紅の竜石ほどではないが、これで代用できないだろうかっ! 元々、古竜王から真紅の竜石についてはニールに渡すように託されていたんだっ! だからっ!?」
突然、俺が大きな声を出した為、吸血鬼王は驚きの表情を浮かべた。しかし、そんな吸血鬼王よりも大きな反応を示したのは、話し合いには全く無関心でいた精霊たちだった。
「………どうした? なんかあるのか?」
精霊たちが、精霊箱に被さってその蓋を開けさせてくれない。
波の乙女もディフォルメバージョンの姿で精霊箱に覆い被さっている。
しかも、不思議なことに理由を聞いても一切教えてくれないのだ。
いつも朗らかな霜男も、礼儀正しい嘆きの妖精も、優しい波の乙女も、何故か俺の指示に従うことなく、遂には俺の腰に取り付けた精霊箱を取り外してしまった。
俺の頭の中が?で埋め尽くされる。
しかし、今は使徒たちの言い争いを治めることを優先するべきと考えた俺は、吸血鬼王に伝えさせる。
「――もしも、爽緑の竜石が使えないとしても、元々、俺は自分自身がヒルコを封印する依代になる事に同意しているだろうっ! だから、真紅の竜石はこのままニールにっ!」
そう………、元から俺は覚悟しているのだ。
森の女王たちにも、すでにこの覚悟は伝えてある。
ただ、仲間たちかがこの覚悟を許してくれないのだ。
「――とりあえず、爽緑の竜石をインビジブルシーラまで持って行きます。だから、まずは言い争いを止めてください!」
俺の声で場が静まる。
ナギとナミが心配そうな視線を俺に向けている。
ニールは相変わらずひっくり返ったままで、精霊たちは、精霊箱を守るように少し距離をとってこちらを伺っている。
吸血鬼王は、ふぅ、と大きなため息をつくと、キングスチェアに座り直した。
ここに来た時と同じく、肘掛けに頬杖をつくと、いつものようにやや不遜で、そした落ち着き払った態度に変わると低い声で言い放った。
『――機械人形よ。その言、受け取った。まずは爽緑の竜石を持ってダンジョン=インビジブルシーラに来い。顔を突き合わせた状態で今後について話し合おう――ということだ。』
吸血鬼王は、無表情のまま俺を見つめている。
そして、小さな声で話しながら、ニヤリと悪い顔で笑った。
『クックックっ………。アエテルニタスめ、あの効率主義者が悔しがっておる。機械人形よ。お前は機械人形だが、信義を重んじ、自己の犠牲も問わず、理性的に考える頭と心を持っているな。我はお前のように信義に厚い者を好ましく思うぞ――』
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