リュウセキ
真紅のリュウセキと、爽緑のリュウセキ。
今、目の前に二つのリュウセキが転がっている。
一つは真紅の古竜のリュウセキ。
もう一つは、元の姿をとどめてはいなかったが、リュウセキの色から爽緑の古竜のものであろう。
爽緑のリュウセキは、真紅のリュウセキより一回り小さい。だが、それでもズッシリと重さを感じる立派な魔晶石だ。
「………どっちも綺麗………。」
ナギが素直な感想を述べる。
真紅と爽緑――どちらも中心に光を宿し、控えめな自己主張だが、それでも目を離せなくなる魅力を感じさせる。
ふと赤白い熱気の残る部屋の奥を見る。
赤白い光は、いつのまにか燃え盛る炎に変わったようだ。
その炎は他を寄せつけず、ますます部屋の奥まで見通すことはできなくなっていた。
今は立ち入ることができない部屋の奥にも、残りの古竜が眠っているとすれば、深青、濃銅のリュウセキも存在しているのだろうか。
勿論、この過酷な部屋の状態の中で存在し続けられているかはわからない。
しかし、いつかこの状態が治ったらリュウセキを探してみたいと思った。
ニールの為にも――
♢
「――ブリジット、頼む。」
精霊剣が炎を纏う。
二つの古竜の亡骸は、ブリジットの炎に焼かれ、骨すら残らず、あっという間に灰となった。
形見となるものは、先に取り出した『リュウセキ』のみ。とてもじゃないが、おいそれと持ち歩ける物でもない。
だが、古竜王の頼みでもあり、ニールにとって唯一の親子の絆だ。どうにかして役立ててやりたい。
ゴゴゴゴ…………。
ダンジョンの中に地鳴りが響いた。
「もしかして、ダンジョンが崩れるの!?」
ナミが急に悲鳴を上げた。
確かに、このダンジョンには相当な負担がかかっているのかもしれない。
地上で立ち上がった光の柱。そして、この使徒の部屋に広がる赤白い炎。
街を消し去った光の柱も、古竜王たちを絶命させた赤白い炎も、想像のつかないエネルギー量だ。ダンジョンが崩れてもおかしくない。
「みんな、帰ろう――」
「えっ!? でも、ダンジョンの魔力核とか、他の古竜のリュウセキとか探さなくていいの!?」
「いや、どのみちあんな熱さの中、部屋の奧を探すのは無理だよ。諦めよう。それよりも、ダンジョンが崩れたりしたら大変だ。」
ナギの言いたいことはわかる。
ダンジョンの魔力核があれば、ヒルコの封印用にもう一体の機械人形=ゴーレムを造ることができるだろう。
リュウセキも、もしかしたら魔力核の代わりに使える可能性もある。ならば数を揃えておけばと考えたのに違いない。
ゴゴゴゴ…………。
また地鳴りが聞こえた。
やはり、このままここに止まるのは危険だ。
「――さあ、早く行こう。出られなくなったら大変だ………。」
二つのリュウセキをリュックにしまおうとするが、真紅のリュウセキだけで目一杯になってしまった。
しょうがなく、抱えて行こうとすると、3人の精霊たちが無理矢理精霊箱に押しこんでしまった。
あの日以来、精霊たちが頑なに開ける事を拒み続けていた精霊箱。
その行動に驚いている俺に向かって、ニコニコと微笑みかける精霊たち。不思議に思いながらも、早くダンジョンを脱出しなくてはならない事を思い出した俺はパーティーメンバーに宣言した。
「さあ、行くぞっ! 」
♢
使徒の部屋から長い階段を駆け上がる。
戻ってきた竜人族の集落は、変わらず惨殺された竜人族の亡骸で溢れていたが、古竜のように荼毘に伏す暇は無い。
この世界、亡くなった相手に手を合わせる習慣があるかはわからない。俺だって、特に信仰する宗教があるわけではないが、生前の習慣から手を合わせて目を瞑った。
せめて、死後、安らかな眠りが彼らに訪れて欲しい――
「そのうち、ソーンさんと一緒に来よう………。」
俺は小さく呟いた。
来た時と同じく、人の死というものに関して自分はどんな事をしてあげたらいいのか、よくわからない。だが彼女なら俺よりもきっと良い答えをもっていると、何故か無条件に思えた。
ここは地下30階。
まだまだダンジョンから脱出するには時間がかかる。
のんびりはしていられない。
目配せをすれば、みんな小さく頷いて応えてくれた。
さあ、ここからダンジョン。気を引き締めていこう。
♢
「――結局、魔物はいなかったね。」
来た時と同様、ダンジョン内に魔物は発しなかった。
魔石の数は特に増えた様子もなかった為、もしかしたらダンジョンの魔力核は破壊されたのかもしれない。だから、ダンジョンの魔物がリポップする事もなく、ダンジョンの中は空っぽ。
つまり、このダンジョンは死んだのだろう。
最後の階段を登る。
太陽の光がとても眩しい。
どれくらいの時間、ダンジョンに潜っていたのだろうか。
何度か仮眠も取ったし、食事もしたが、ダンジョンの中にいると時間の感覚が狂ってしまう。
ダンジョンの外は、あの時のまんま………。ただの荒地と化している。
たくさんいたはずの街の人々はもういない。
街であったことを示すのは、僅かに残った瓦礫だけ。
この世界から消え去った街、フーサタウン。
歴史からも、いずれ忘れ去られてしまうのだろうか――
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