真紅の古竜②
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これが死を迎えるということか
今まで、我が身が滅ぶなど想像したこともなかった
なるほど、酷い気分だ
だが、最後に我が子に看取られることができるとは、これも想像できなかった
ふむ、これはこれで嬉しいものだ
酷い気分も吹き飛んだ………とまでは言うまい
何せ、初めて死にたくないと思ったのだからな
それも、最後に我が子に会ったからだ
ふふ
古竜の王ともあろう者が、なんと強欲なことよ
死と無縁だった我が、死を前にして初めて世界に未練を感じるとは
ああ、ウカ様。
今までも貴方の考えに信奉していたつもりだったが、違ったようだ
今、初めて、『欲』というものを実感した
ああ、叶うものならば、我が子よ、健やかに
お前の将来を見守りたかった………
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「ピー…………。」
ニールの悲しげな鳴き声が響く。
ニールが古竜王と顔を合わせたのは一度だけ。
それでも親子の絆はしっかりと繋がっていた。
動かぬ肉塊と化した古竜王に縋り、力無く鳴き声を上げる姿は、確かに親を無くして悲しむ子の姿だった。
「………ニール。」
相棒を元気づけようと、ナミがニールの背中をさする。
しょんぼりと頭を項垂れた古竜の子は、そんなナミの心遣いに、しっかりと背中を伸ばすことで応えた。
古竜=エンシェントドラゴンの一族の王を継ぐ事を強く定められた存在なのだ。
たとえ、思いもよらないタイミングであったとしても、すでに王とならなければならない。
長命種と呼ばれる種族の中でも最強と呼ばれる一族の王である。ただ、率いるべき一族はすでに存在しないのだが………。
♢
「古竜王の最後の言葉………。みんなはどう思う?」
俺の問いかけに、アメワが先生らしい知識を披露した。
「………ドラゴンはその身体の中に魔晶石を作り出すと伝えられているわ。中でも古竜=エンシェントドラゴンのような長命になるほど、魔晶石は大きくなり、内在する魔力も膨大になるそうよ。」
アメワは、「あくまでも伝承だけど」と両手を広げておどけてみせる。
当たり前の話だが、古竜に会うことすら難しいのに、古竜がその体内で作りだした魔晶石を見ることなど、長い歴史の中でもそうそうあることではないだろう。
伝説の類い。
しかし、その伝説級の存在である古竜、その王様であるゴズの最後の言葉を聞いた今は、それが事実であると確信できるだろう。
『ワレの………ノドを………さけ………。リュウセキをニールに………。』
リュウセキ――おそらく伝説にある竜の体内にある魔晶石。
古竜王ゴズは、その伝説の魔晶石、『リュウセキ』をニールの為に使う事を望んでいた。
「ニール、『リュウセキ』について何か………、知ってるはずないよな………。」
一緒に過ごした事もないのに、どうやってニールが知る事ができるというのか。常に一緒にいたのは俺たちで、俺たちが知らぬ情報をニールに教えることはできないのだ。
ニールは俺の尻すぼみな言葉に、やはり困ったように首を振った。
「………森の女王たちなら、何か知ってるかも。」
ナギの言う通り、一番可能性があるのは同じ使徒仲間であり、同じ長命種でもある彼女たたちに違いない。
なら、俺たちがやらなくてはならないのは、今、目の前に倒れている古竜王の亡骸から、その『リュウセキ』を取り出し、それを持ってダンジョン=インビジブルシーラへ戻ることだろう。
「………ニール。悪いが、古竜王の亡骸を汚すぞ。許してくれ。」
俺の決意に対し、ニールは全く反抗しなかった。
もちろん、他のパーティーメンバー全員も。
ならば、この全幅の信頼に応えくてはならない。
パーティーメンバーの信頼に。そして、俺に後事を託してくれた古竜王の信頼に。
俺は精霊剣を逆手に持ち、古竜王の喉元に差し込んだ。
自慢の鱗を失い、生命力を失った古竜王の肉体は、大した力を加える必要もなく精霊剣を受け入れた。
精霊剣の力もあるだろうが、たとえ最強種と呼ばれる古竜=エンシェントドラゴンだとしても、死後、その力を保つ事はできないということか。
スス〜〜………。カツンッ………。
ほとんど音を立てることなく、精霊剣は古竜王の喉を切り裂く。
縦方向に剣を進めると、途中、何か固い物が剣にぶつかった。
俺はその位置に合わせて、十時に剣を動かす。
血は出ない。まだ死後硬直は始まっていないが、身体を巡ることの無くなった血液は、床に接した身体の下部へと流れ始めているのだろう。
グリンッ!
先程の感触を頼りに、剣を深く差し込む。
テコの原理を使い剣を立てると、古竜王の喉の奥から、人の頭程もある大きな魔性石が飛び出した。
「………これが『リュウセキ』なのか………。」
ナミが転がるリュウセキを慌てて掴み、俺の元へと運んでくる。
「………何これ、めっちゃ重いんですけど………。」
体力には自信があるはずのナミが、リュウセキのズッシリと重い手応えに驚いている。
真紅の『リュウセキ』は、取り出す際に剣を当てたにも関わらず、傷一つついていない。
光を中心に宿し、長く凝視していたら吸い込まれてしまいそうだ。
「すごい………、何かすごい力を感じる。」
魔力操作を得意とするアメワには、この真紅の『リュウセキ』に秘められた強い力を感じ取れるようだ。
しかし、これをニールに与えるとしても、こんなに大きな『リュウセキ』をどうやって使えば良いのかまったく検討がつかない。
やはり、森の女王たちに相談する他ないだろう。
「ねえねえ、もしかしたら、こっちの古竜からも『リュウセキ』が取り出せるんじゃない?」
ナギが指を指すのは、古竜王が投げ飛ばしたもう一体の古竜の亡骸。
「――そうだな。亡骸はそのままにしておけないし、こちらの古竜からも、『リュウセキ』を取りださせてもらおう。ニールの為に役に立つはずだ。」
俺は、もう一体の古竜の亡骸に精霊剣を差し込んだ――
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