真紅の古竜①
ジューー………。
俺の顔が焼ける。
機械人形=ゴーレムの表皮は人のそれとは違う。
それでも、皮膚が焼かれるような感覚があるのは、森の女王たちが作ったこの機械人形が、どれだけ優秀な存在かを示しているのだろう。
バシャッ!
高温で焼き尽くされてしまうかと思った瞬間、俺の周りを水塊に包まれた。
波の乙女が咄嗟に作り出したその水塊は、すぐに水蒸気へと変化してしまう。
しかし、彼女は力を振り絞り、次々と水塊を生み出しては周りを水で包んで、俺が焼きつくされるのを防ぎ続ける。
俺は波の乙女の機転に感謝しつつ、「そのまま頼む」と振り向きもせずに叫んだ。
負担はかなり大きいはず。
しかし、波の乙女は俺の願いを忠実にやり続けている。
「おいっ! 戻ろうっ!」
俺は光の中に入ろうとするドラゴンの尻尾を掴んだ。
恐ろしいほど熱い。
体温が、普通の生き物のそれではないのだ。
赤白い光の中から這い出てきたドラゴンは、すでに生物としてあり得ない状態になっている。
『―――!?』
ドラゴンがまた何かを言ったが、喉も焼け爛れているのだろう。まったく聞き取ることができない。
しかし、尻尾を掴んだ事で、俺という存在がいることには気づいてもらえたようだ。
何故か光の中に戻ろうとしていたドラゴンだが、思いとどまってくれたようだ。
「――あなたは古竜王ですか? 俺はヒロです。ニールを託されたヒロですっ!」
以前に出会った時とは、全く容姿が違う俺。その姿は白髪の少年ではなく、中年のおっさんである。
普通なら、俺を見て以前出会った少年と同一人物だと信じることは難しいだろう。
だが、今、目の前にいるドラゴンは、目鼻は潰れ、視力は皆無。耳だって聞こえているのか怪しい状態だ。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
「戻ってください。階段近くなら熱くない。」
水蒸気を吹き上げながら、俺はドラゴンに近づき、その横腹に手を添えた。
すると、心が通じたかのように、ドラゴンはその満身創痍の身体を引きづりながら、赤白い光から離れ階段の方へと進み始めた。
ズリズリと血肉を撒き散らしながら進むドラゴン。
改めて近くから見てみれば、その痛々しい身体の状態がよくわかる。
古竜の自慢の鱗は、おそらく光の熱に耐えきれず焼け落ちたのだろう。全身を覆っていた鱗はやはり消え去っていた。
さらに、鱗を無くした身体は光の熱に焼かれ、赤黒く変色し、血を蒸発させている。
かろうじて四肢だとわかるが、指などは焼け落ち、何かを掴むことは二度とできないだろう。
「ピピーーー………。」
やっとのことで階段前まで移動すると、ドラゴンは力無く横へと倒れた。
ニールがその血まみれのドラゴンの身体に縋り付く。
「………古竜王だって………。」
ニールの言葉を通訳するナミ。
やはり、このドラゴンは、古竜王ゴズ。
真紅の古竜=エンシェントドラゴンであった。
「古竜王………。いったい何があったのですか。」
『 …………。』
やはり、古竜王はすでに声を発することも出来ないようだ。
この部屋の約半分を焼き尽くした光。
街が一つスッポリと入るほどの大きな部屋の半分は、まるで溢れ出した溶岩に包まれたようになるなんて。
「フーサの街を吹き飛ばした光の柱と同じものだろうか………。」
だとしたら、あんな大規模のエネルギーが二度も発生したことになる。あんな恐ろしい現象が二度も………。
真紅の古竜は火の属性竜。
同じ火の属性であり、さらに頑強な鱗を持つ古竜だからこそ、あの膨大な熱量の中でも生き残れたのかもしれない。
先程古竜王が投げ飛ばした肉塊は、他の古竜の一体で間違いと思われるが、他の属性竜では、あの熱量には耐えられなかったのだろう。
もしかしたら、深青、爽緑、濃銅のうち、深青の古竜あたりなら、属性有利で生き残れているだろうか。
横たわる古竜王の身体に、波の乙女がが優しく水をかける。
俺が無理に古竜王に近づいた時のサポートで、波の乙女自身もかなりの負担がかかったはずだが、大きな古竜王の身体を包むように水の膜で包み込んだ。
重度の火傷で高温となった古竜の身体は、自身の血とともに、その水の膜も蒸発させてしまうが、そのおかげで、幾分か体温が下がり、古竜王の身体から力が抜けた。
『 ………け……。』
古竜王が何かを言った。
しかし、声帯を焼かれたその喉からは、まともに聞き取れる言葉は発せられない。
なんとか聞き取れないものか、古竜王の口元に近づくと、側に仲間たちもやって来た。
『 わ………さけ………。』
なんと言っているのだろう。
途切れ途切れでわからない。
『 ワレの………ノドを………さけ………。』
古竜王の喉を裂け!?
そんなことをしたら、古竜王は確実に死んでしまう。なんて事を言い出すんだ!?
「何を言い出すんだ。そんなことしたら、あなたは死んでしまう!」
驚いた俺はつい大声で叫んでしまう。
『 ………ふふ………、リュウセキをニールに………。ガハッ!』
そこまで言うと古竜王は口から大量の血を吐き出した。無理して話したために、喉の奥に血が溜まったのだろう。
そして古竜王は、そのまま深く息を吐き出すと、まったく動かなくなった。
最強種と呼ばれた古竜=エンシェントドラゴンの王ゴズ。長命種の筆頭であり、無限の寿命とも思えたその命が尽きた瞬間だった――
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