赤白く光る部屋
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階段から使徒の部屋に向かって風が吹き込んでくる。ダンジョンを歩いている間は、暑いとも寒いとも感じていなかったのに、使徒の部屋に足を踏み入れた今は、後から吹き込んでくる風がとても涼しく感じた。
「――なんなの? 使徒の部屋って、これが普通の状態………、じゃないよね?」
部屋を歩きながら、ナギが俺に問いかけてきた。
この部屋に来たことがあるのは、俺とニールだけ。
この部屋の異常な景色を見て動揺したのか、ナギは俺の服の端を引っ張りながら不安そうにしている。
「んなわけないでしょ………。初めて来たウチにだって、この部屋がおかしいんだってわかるよ。」
言葉は冷静だが、ナミも不安を隠せないようだ。
やはり、俺の服の端を掴んでいる。
どうも、二人の妹たちは、不安があると、手が自然に俺の服へと伸びるらしい。
「――そうだな。明らかに前に来た時と違うな。」
古竜王たちの部屋はデカい。
あの巨大な古竜=エンシェントドラゴンが4体居ても自由に動き回れる広さなのだから、その広さは相当なものだった。
何がおかしいのか、それは、その巨大な空間の半分ほどが、赤白く光っているのだ。
ただ光っているのではない。
明らかに高温。
壁も天井も、溶け落ちたかのように所々垂れ下がり、まだ距離があると言うのに熱い。
階段から吹き込む風が空気を掻き回し、熱い空気と冷たい空気が交互に身体に触れた。
「………なんか、鍛冶屋の炉の中みたい………。」
アメワが口にした感想がまさにこの部屋の状態を表していた。
赤白くなった壁まではまだ距離があるというのに、その熱気が伝わってくる。もう少し近づいたら、火がつきそうなほどの熱さなのだ。
「とてもじゃないが、近づけないな。」
これ以上進むのは危険と判断した俺は、メンバーに階段室へ戻るように指示する。しかし、ニールはその指示に従おうとはしなかった。
ニールの気持ちもわかる。この先に古竜王たちがいるかもしれないのだ。しかし、どう考えてもこの先に進むのは無理だ。
ならば、この先にいるであろう古竜王たちは、今、どんな状態なのだろうか。
単純な感想で言えば、「今、そこに何か生物が存在することなど不可能だ。」となる。
ただし、この先にいるはずの生物は、最強種といわれる古竜=エンシェントドラゴンたち。もしかしたら、こんな高温の中でも平気なのかもしれない。
「ニール、気持ちはわかるが、温度が下がらないと無理だ。一度下がろう。」
これだけの熱量だ。すぐに温度が下がることはない。実際、近くにいるだけでジリジリと焼かれているようなのだ。
流石に無理だと諦めたのか、後ろに下がろうとしたニールが何かに気づいた。
「――ピピッ!?」
階段へ戻りかけた俺はニールに髪を引っ張られ、もう一度、部屋の奥を見るように促された。
目を凝らしてみる。
光が強くてよく見えない。
「ニール、何か見えるのか?」
「ピーーッ、ピーーっ!」
古竜王たちだろうか。
この高温の中でも活動できるなら、さすがとしか言いようがない。
もう一度、目を凝らす。左手を庇にし、光の反射を抑える。
「―――!?」
影? いや、何かが動いた。
光の中、こちらに向かって動いている。
その動きは緩慢で、陽炎のようにユラユラと、しかし少しずつ進んでいる。
そしてとうとう、光の中からその巨大な姿を表した――
「――古竜王かっ!?」
まるで匍匐前進。四つ足のドラゴンが、ズリズリと音を立てながら、その腹を床に擦り付けながら進む。
その身体は真っ黒にただれ、全身から血が吹き出しているが、高温のためか、すぐにその血は蒸発して水蒸気と変わっていく。
ニールが近づこうと試みるが、まだ熱さが厳しい場所にいる為、ホバリングのまま歯軋りしながら我慢している。
よく見れば、エンシェントドラゴンの自慢の竜鱗が無い。
真っ黒な体表は、竜鱗の剥がされた生身の肉体が焼かれたものとわかる。
気づいた途端に、生き物が焼ける匂いを感じた。
悲惨………。
あれほどまでに威容を誇ったエンシェントドラゴンが、身体が少し動くだけでも辛そうに、床を這い進む。
どこが頭で、どこが尻尾か。おおよその検討はつくが、目も鼻も潰れ、かろうじて口がどこかわかる程度。
而して、その口には別の何が咥えられていた。
「 …………。」
俺たちは、ただただその苦しげなドラゴンの姿を見守ることしかできないでいたが、突然、ドラゴンは首を大きく振り回した。
ズサーーーっ!!
残る力を振り絞るようにして首を振るったドラゴンは、その口に咥えていた何かを投げ放つ。
それは、巨大な肉塊。
大きさから想像するに、おそらく4頭いたエンシェントドラゴンの慣れの果てだろう。
やはり、竜鱗は見る影もなく、美しかったその鈍く光る鱗の色も、どんな色だったのか想像できない。
『 …………。 』
光の中から這い出したドラゴンが、何かを言った。
しかし、見るからに限界を迎えているその身体は、声を発することすら難しいのだろう。まったく聞き取れない。
俺たちが狼狽えていると、そのドラゴンは反転して光の中に戻っていく。
「嘘だろ!? そんな身体で戻ったら、絶対死んじまうだろっ! やめるんだっ!」
考えもしなかったドラゴンの行動に、俺は慌てて声をかけた。
俺たちでは近づくこともできない光の中。そんな所に戻らせることなんかできない。
俺は覚悟を決めて走り出した――
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