階段の先
カツン……、カツン……。
階段を降りる俺たちの足音が響く。
冒険者が履くブーツは頑丈で、硬い床を静かに歩くのには向いていない。
竜人族の集落フロアで見つけた階段は、思いの外長く、到底、1フロア分とは思えない数の階段を降りていく。
感覚を研ぎ澄まし、いつ、どんなアクシデントが起きたとしても対応できるように、それぞれが愛用の武器を手に持ちながら歩を進めていく。
ダンジョンから魔物を駆逐し
使徒の配下である竜騎士を退け
ドラゴンの眷属とも言える竜人族を虐殺した
そんな危険な相手が階段を下りたすぐそこにいるかもしれない。
それが冒険者だったとして、どんな才能を持っていて、どんなスキルを駆使するのか。
今までも強力な魔物相手をしてきてはいるが、連携や作戦という部分では自分たちの方が上手だったはず。
しかし、優秀な冒険者パーティーが相手だった場合は、そこに一方的な優位性を持つことは難しくなる。
一緒に階段を降りる精霊たちも、引き締まった顔をしている。
あ、フユキも頑張って真剣な顔してる。太い眉毛が逆ハの字になってる。なのに目はまん丸とか可愛すぎだろ。雪だるまだし、フユキだけは、どうにも引き締まった表情は難しいか。
「やっと出口………。」
俺のすぐ後ろについているナギが緊張した面持ちのまま、ゴクリと喉を鳴らした。
ナミの頭に乗っていたニールも小さな羽を広げて飛び上がる。
おそらくそこが古竜たちの部屋。
この階段の入り口である扉が開け放たれていた事を考えれば、上のフロアで虐殺を引き起こした連中は、すでに古竜王たちと顔を合わせているはずだ。
あの巨大な最強種、古竜=エンシェントドラゴンの4体を相手に、勝てるわけはないだろうとは思う。
そう思ってはいるのだが、何か言いようのない不安を感じる。もしかしたら、古竜王たちが負けてしまうこともあるのではないか、と。
「装備の確認――」
入ってすぐに襲われる可能性もある。
階段を降りながら、作戦は練った。
段取り八分――俺は、前もって準備してから物事に取り組む性質なんだ。
「――行くぞ。」
息を合わせ、そっと部屋の中を伺う。
待ち伏せに備え、波の乙女が作り出した水塊を俺の頭の上に浮かべた。
ナギとナミはいつでも飛び出せるように中腰で身構え、アメワもすでに詠唱を終え、2人に身体強化の魔法を施している。
嘆きの妖精と霜男は俺のリュックから顔だけを出しながら、いつでも俺の指示で飛び出せるように身構え、ニールはホバリングしながら、竜の咆哮をいつでも放てるように息を吸い込んだ。
「―――!?」
壁から顔を半分だした俺は、その光景に絶句した。
▲▽▲▽▲▽▲
『………なんだというのだ。何故、貴方が我々を襲う?』
「なんだと言われてもな。お前たちが悪いんじゃないのか?」
『我らが何をしたと?』
「さぁな、俺はよくわからんが、お前たちが悪いと聴いている。」
『よくわからないのに我らを滅ぼそうと言うのか!』
「何がわからないのかはわからないが、お前たちが悪だということはわかっている。」
『我々の何が悪だというのだっ!』
『そうだっ! 我ら古竜の一族、【試練】のダンジョンの管理者として、長い年月この世界の断りを維持してきたのだっ!』
『悪なる神の使徒とは表向きの呼び名。実際にはこの世界を支える重要な役割のはずだっ!』
「おお? まあ、お前たちの言いたいこともわかるが………、だがお前たちの失敗が、世界の秩序を乱しているらしいぞ?」
『我々の失敗だと!? 何を言っている?』
「あ〜………。お前たちは身体が大きすぎて、外の世界に出ることはなかったんだっけか?」
『………我々が外になど出たら、世界は混乱してしまう。外になど出られん。』
「お前たちの配下の竜人族だっけ? アイツらは、お前たちに外の世界がどうなっているか、報告しなかったのか?」
『 ……………。』
「これだから世間知らずは………。あのな、お前たちの失策のせいで、外の世界は大変な事になっていたんだぞ?」
『 ……………。』
「お前たちが上級、下級とか何も考えず、ドラゴンを大量に発生させたから、【欲】に支配された民たちが、【欲】を抑えきれなくなって暴発しそうになっていたんだ。知らなかったか?」
『【欲】が爆発? 意味がわからんっ!』
「だ〜か〜ら! お前たちは失敗したんだよ。」
『何が失敗だと言うのだ!』
「あ〜っ! ったくうるせいなっ! だから俺は詳しいとこまで聴いてねぇって言ってんだろうがっ!」
『よく知りもしないのに、我らを滅ぼすと?』
「………ったく、鬱陶しい。アイツらと同じことを言う。アイツらも、素直にここに通しておけば、全滅することは無かったんだ………。」
『全滅!? もしや、竜人族を襲ったのか!?』
「ん!? ここに来るのを邪魔しやがったからな。どうせ、お前たちと同じ罪を負っている訳だし、丁度良かったんじゃねえか?多分………。」
『そんな………、そんな適当な説明で納得できるわけがないっ! 貴方はよく理解もしていないのに、竜人族をも滅ぼしたと言うのか!』
「アイツらも、お前たちの眷属として失敗したってことだ。世界の秩序を正す為には邪魔なんだよ。多分………。」
『また多分………。』
『貴方は、多分そうだろうくらいの理由で、一つの種族を滅亡させたのか!?
『信じられん………。』
「だから、うるせえって言ってるだろうかっ! お前たちの考えなんか、どうでもいいんだよっ! だいたい、【試練】のダンジョンだって、そろそろ終わらせてもいい頃合いなんだ。多分………。」
『多分、多分と………、そんなあやふやな理由で一族も、【試練】のダンジョンも、滅ぼされてたまるか。いくら貴方といえども、そんな暴虐、許されんぞっ!』
「ふん! お前たちトカゲ如きに許しを請うわけがなかろうがっ! さっさとこのダンジョンごと滅びるがいい。俺が引導を渡してやるっ!」
広大なスペースを誇る古竜の部屋。
あっという間に、強烈な光が膨れ上がり、世界は真っ白になった――
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