悪なる神と冒険者⑤
残酷描写が続きます。
やっとのことでニールに追いつくと、そこには開け放たれた大きな扉があった。
ニールは、その大きな扉の前でホバリングしながらこちらを見ている。
「ニールっ! 一人で先行しすぎちゃダメだ。この状況を作った奴らがどんな奴らかわからないんだぞっ!」
俺が大声で叱りつけるが、その前からニールの目は虚で、何か大きなショックをうけているようだった。
そんな様子を不思議に思いながらニールの居る扉の前まで来てみて、どうしてニールがショックを受けているのかを理解できた。
「………うそでしょ………。」
アメワが呟く隣で、全く声を出せずにいるナギとナミ。
扉の中を見て、俺も思考がストップするほどの光景が目の前に広がっていたのだ。
扉の中――そこは竜人族の集落となっていた。
いや、集落だった………。
そこには、今通ってきたダンジョンの通路同様に大量の死体が転がる、無慈悲な虐殺の場と化していた………。
♢
ここにソーンが居てくれたらと思ってしまう。
彼女なら………、太陽神に仕える神官であるソーンならば、無惨に殺された竜人族たちの魂の鎮魂を祈ってくれたに違いない――
何度も言うが、俺は無宗教だ。
まぁ、都合よく神頼みはするし、クリスマスも祝う。交通安全や開眼成就の御守りも身につけていたし、お経も嫌じゃない。無神論者とまではいかないが、神に感謝するような習慣もない。
だが、この地獄のような景色を見て、真っ先に頭に浮かんだのは『成仏して欲しい』だった。加えて言えば、『救われて欲しい』とも言える。
男も女も関係なく、大人も子供も関係なく、あまりに無惨に殺されている。
そう、子供もだ………。
集落に住むすべての竜人族が殺されたのだろうか。
扉の内側に一歩足を踏み入れる。
すでにそこは死の世界。
ダンジョンの通路を埋め尽くしていた死体同様、一刀のもとに両断されたような死体ばかり。
首が切り落とされ、腕が転がり、上半身を無くした足が膝をついている。
いったいどうやれば、こんな大勢の人々を殺戮し尽くせると言うのだ。
ふと、首の無い母親が、やはり首を刎ねられた子供の身体を抱いている姿が目に入った。
あんな小さな子供と、その子供の母親を………。
頭が沸騰するほどに、怒りが込み上げてきた。
その時、ふとゴブリン退治を請け負った時の事を思い出した。
子供を守ろうとしたゴブリンと、その後ろに庇われていた子供のゴブリンを殺したことを。
あの時は、あれが正解だと思って迷いはしなかったが、あの時の俺は、今、目の前に広がる状況と同じことを引き起こしていたのではないか。
( いや、同じであってたまるか………。)
俺は思わず浮かんだ考えを強く否定した。
あれは村を攫われたナミを助け出すため。
そして、村を救うため。
ああしておかなくては、同じような事件が起こるかもしれないからこそ、禍根を断つためにやったのだ。
「………酷い………。」
「………こんな小さな子供まで………。」
「どんな理由があってこんなことするの………。」
ズキンッ!?
どんな理由があって………。
いや………、だから………、俺にも理由があって………。
「ヒロ兄っ! 許せないよ、こんなのっ!」
「どんな理由があっても、絶対に許さないっ!」
違う……、ナギ、ナミ、アメワ………、違うんだ。
「ヒロ兄っ! あっち! あっちに階段があるっ!」
「えっ!? あ、あぁ、わかった。」
混乱していた。
ナギもナミみアメワも、俺を責めていたわけじゃない。
今、ここで起きているこの虐殺行為に怒っているのだ。
なぜ、急にゴブリン退治の時の事を思い出したのかわからない。
後悔なのだろうか………。
俺は後悔していたのだろうか………。
子を守る親を殺し、その子までも殺した事を………。
だが、今はやるべきことをやらなくては。
古竜王に会うだけでは終わらない。
こんな悲劇を巻き起こした相手を止めなくてはならない。
「行こう。みんな。ニール、気をしっかり持てよ。」
一緒に過ごした事はないが、ニールにとっては同族を守護する一族である竜人族。そんな一族がこんな目にあっていて、平気な訳がない。
「ピーーっ!」
さすが古竜王の子。最強種は伊達じゃない。
杞憂。
俺の心配などいらなかった。
覚悟をしなくてはいけないのは俺の方だ。
終わったことはやり直せないのだから。
「これから後悔しないように頑張るだけだ――」
俺は小さな声で、大きな目標を呟いた。
強くならなくては。心も………。
いい歳したアラフィフ男だって、まだまだ成長してみせる。なんていったって、壊れるまで死ぬことのない機械人形=ゴーレムとなったのだから。
「……ヒロ君? 何か言った?」
「いや、なんでもない。こんな酷いこと、絶対許しちゃいけない。止めに行こう。」
使徒を倒して、悪なる神を封じた魔力核を壊す。
これこそ、この世界の冒険者の目標。
これこそ、この世界の常識。
今、それを成し遂げようとしている冒険者を止めるというのは、世界の理的にはするべきことではないのかもしれない。
しかし、神々の本来の歴史を知り、さらに、虐殺をする事に全く躊躇いを持たない相手を、俺は許せない。
「間違いを正さなくては――」
俺たちは下の階段に足を踏み入れた――
みなさんのリアクション、たいへん励みになります。ぜひ、みなさんの感想教えてください。よろしくお願いします!