消滅③
「――ねぇ………。ここに住んでいた人たちはどうなったの………?」
何もない平地。
確かにそこには街があった。
狂気に浮かされていたとはいえ、つい数時間前にはたくさんの住人がいた。
俺たちに見えなかった所にだって、そこにはたくさんの人々が生活していたはずなのだ。
南の街フーサタウン。
今、目の前に広がるのは、ただの平地。
街だった場所――
「一体、何が起こったの!?」
「………ウチだってわかんないよ!?」
ナギとナミだけじゃない。俺も、アメワも、ニールも、街が消え去ったという現実を理解できないでいる。
焼け野原――いや、実際には焼け野原ではないのだが、俺がこの街の状況を見て思い出すのは、歴史の教科書で見た空襲後の街の写真。すべてを焼き尽くされた後の街の姿だった。
(でも、あの酷い空襲の後だって、人は生き残っていた………。)
無差別爆撃なんて、そりゃあ、ただの虐殺行為でしかない。まったくもって肯定できない行為だ。あの焼け野原と化した街の姿は、悲しみしか湧いてこない。
しかし、目の前に広がる平地は、見た目は綺麗なのだ。何もかもが消えてしまっているわけだ。建物だけじゃない。そこに居たはずの人も………。
焼け野原となった街も、生き残った人々が復活させた。生活する者がいれば、街だって造り直すこともできる。だが――
「誰も残っていないのか………。」
そこに生き物の気配は無い。
何も居ないのだ。
「ピピーっ! ピピーーっ!」
消えた街の姿に呆然としていると、いつの間にか先の方へと飛んでいたニールが大きく声を上げた。
呆けていては何も物事は進まない。
俺は両手で頬を張り気合いを入れる。
ニールの下に急いで駆けつけると、そこには大きく口を開いたダンジョンの入り口があった。
かつては入り口を囲む建物があったはずだが、今は、階段が剥き出しになっていた。
「………まじか……ここが中心広場なのか………。」
目印になるものが一つも残っていないから、ここがフーサタウンの中央だという実感が湧かない。
「ピーーっ! ピーーっ!」
ニールが叫び続ける。
やはり自分の同族、それどころか自分の親たちがどうなっているか、気になってしょうがないのだろう。
「ニール、わかったってば。ヒロ兄、ニールが早くダンジョンに潜ろうって。」
ニールの訴えをナミが通訳する。
普段自己主張の少ないニールが訴えてるのに、俺たちがそれに応えないわけにはいかない。
「ああ、わかってる。ニール、少し落ちつけ。」
俺は、改めてメンバーに装備一式の確認をさせる。
古竜王たちが無事ならば、とくに障害なく使徒の部屋に辿り着くことができるだろうが、今、この状況なのだ。ダンジョンの中がどんな様子なのか、まったく見当もつかない。
フーサタウン丸ごと消し飛ばせた超ド級災害。
ダンジョンの中にだって影響があって然るべきだろう。
「ニール。大丈夫だよ。あの古竜王たちは簡単にどうにかなるような存在じゃないから。」
励ます言葉を口にしながら、それでも落ち着かないニールを見ると、俺にも不安が湧き上がってくる。
(エンシェントドラゴンだぞ。最強種と呼ばれる古竜だぞ。)
自分を納得させる理由を頭の中で繰り返すが、不安を捨てきることはできなかった。
もし、あの超ド級災害が俺たちに向かってきたら……。
「――気を引き締めていこう。何が起きたのかわからないんだ。」
アリウムが居たら……。
いや、せっかく自分の道を歩き始めたのだ。
彼には彼の道を進んでもらいたい。
俺は、2人の精霊をリュックの上に並ばせた。
波の乙女は、すでに小人状態から大人の女性形態になって俺の横に並んでいる。
「みんな、行こう。」
俺の号令に、メンバー全員が頷いた。
♢
いつも不思議に思うのだが、ダンジョンの中はボンヤリと明るい。光苔がダンジョンの所々に生え、灯りとなっているのだ。
「もしかしたら、この光苔もウカ神の魔力で光ってるのがもしれないな……。」
この世界で目覚めてから、俺の常識に無いものだらけ。なのに、不思議と順応できてる自分がいる。
「………全然、魔物いないね。」
「ほんと、静かすぎて逆に怖い………。」
ナギとナミが言うように、地下2階、地下3階とダンジョンを進んできたが、一匹の魔物とも遭遇していないのだ。
「古竜王が魔物の発生を抑えてくれているのかしら?」
隊列の真ん中を行くアメワが忙しく当たりを伺いながら言った。
「そうかもしれないが、油断はするなよ。地上で起きた光の柱の影響なのかもしれないし。」
油断はできない。何せ、理解の範囲から外れた現象が起きているのだから。
隊列を組みながら、ダンジョンを進む。
古竜の子ニールはパーティーの最前線を飛んでいる。
その後ろにレンジャーのナギ。
続いて魔獣使いのナミと付与術師のアメワ。
最後尾は俺と精霊たちだ。
ニールは努めて静かに飛んでいるように見えるが、本当なら古竜王たちの安否が気になってしょうがないはずだ。一緒に過ごしたことは無いが、自分の親であることに間違いないのだから。
しかし、慌てて行動して、取り返しのつかないミスが起こってはならない。
危険と隣り合わせ。
ダンジョンとはそういう場所なのだ。
いるはずの魔物が居ない――
あまりにも不自然すぎるダンジョンを進まなければならないのだから、いつも以上に冷静に、慎重に歩かなくてはならない。
俺たちの足音だけが響き渡るダンジョン。
それは、地下8階の階段を降り切ったところで起こった。
「――ねえ、ヒロ兄、あれ見てっ!」
ナギが指差した先。
そこには大量の魔石が転がっていた――
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