消滅①
♢
「―――!?」
ゴーっという風切り音が通り過ぎ、中年人形たちは砂煙に包まれた。
バチバチと音を立てながら、小石や木の枝がぶつかってくる。
覆い被さったはいいが、いかんせん3人の全てを隠せるわけもなく、隠しきれていない少女たちの身体にも飛来物が当たってしまう。
「――痛い痛いっ!?」
「――なに!? なんなの!?」
眠っていたナギとナミは、中年人形に覆い被さられた衝撃と、手足を襲う激痛に悲鳴をあげた。
「ぐうっ!?――ミズハ、頼むっ!」
ひっきりなしに飛んでくる飛来物から身を守る為、波の乙女=ウンディーネに水壁を貼るように頼む。
大量の魔力を急激に吸い上げられ、中年人形は一瞬意識を揺らがせるが、波の乙女が作り出した分厚い水壁のおかげで、次々と飛んでくる飛来物から3人を護ることができるようになり、中年人形は安堵した。
どのくらいの時間耐えていたのだろうか。しばらく吹き付けていた突風が止むと、周りには大きな壁が出来上がっていた。
今起きた現象が、計り知れない圧倒的な力によって巻き起こされたものであったことを証明するように、水壁の周りには大量の瓦礫が山のように積み上がっているのだ。
「………これって……、フーサの街から飛んできたんじゃないの?」
身体を起こし、埃に咽せながら、アメワが周りを見回す。
なかなか晴れない砂煙の中、目を凝らして見てみれば、店の看板や壊れた食器、衣服や靴などの生活雑貨までが混ざっていた。
なんと、それらが積み上がって、渦高く大きな壁を作り出しているのだ。
波の乙女が水壁を解除すれば、それらの大量の瓦礫が崩れてくるだろう事は、容易に想像できた。
「………どうなってるの!?」
「訳わからない……って、ヒロ兄大丈夫!?」
「ヒロ君っ! ヒロ君っ!」
嵐が止み、中年人形の身体から一気に力が抜ける。
多くの数の瓦礫を浴び、全身を強かに打ち続けられた中年人形には相当なダメージがあった。しかし、機械人形=ゴーレムの身体は、血を流さない。
造り物に封印された彼にとって、怪我とは破損。
斬られることも、折られることも、そこにあるのは傷ではなく、破損。
破壊されれば動かなくなるが、そこに【死】はあるのか。
彼にとっての【死】とは、機械人形の身体がボロボロに崩れ、跡形もなくなって初めて訪れるのか。
それとも、魂が存在し続けていれば、彼に【死】は訪れないのか。
気を失う直前、中年人形はそんなことを考えていた――
♢
「ちょっと、アメワ姉どうする?」
「まったく、何がどうなってるのかしら………。」
瓦礫の山から離れ、安全を確保し、気を失ったまの中年人形を寝かせている。
野宿していた場所は、まるでゴミの山。
足のつく場も無いほどに、瓦礫やゴミで溢れている。
「ヒロ兄………、大丈夫かな………。」
「………壊れたりしてないよね………。」
「――ちょっと!?」
ナギの何気ない一言にアメワが反応する。
「えっ!? えっ!? 何? ごめんなさい!」
思いもよらず、アメワから怒気を向けられ、ナギは狼狽した。彼女にしてみれば、まったく悪気なく中年人形を心配したつもりだった為、自分の失敗に気づけない。
「――ヒロ君は物じゃないわ、ナギ。」
低く響くアメワの声。
「―――!?」
ナギは口を両手で押さえたまま硬直した。
無意識の悪意――
いつも自分たちに向けられていた悪意を、無意識のうちに自分が作り出していたことに愕然とした。つい先日、自分こそが街の住人から浴びせられた心無い言葉に打ちのめされたばかりだというのに。
「………あ……、あの……うち……。」
言葉がでない。
身体が震える。
ナギの目から涙が溢れる。
そんなつもりじゃなかったのに――
「アメワ姉っ! ナギはそんなつもりで言ったわけじゃないって!」
ナミがフォローするが、自分自身がやったことにショックが大きすぎて身体の震えが止まらない。
「――ごめんなさい……。言い過ぎたわ。ナギがそんな風にヒロ君を思っている訳ないのはわかっているのに……。」
アメワは額に手を当て、眉間に皺を寄せながら謝罪する。狼狽えるナギと慌てるナミを見て、過剰に反応しすぎた自分が情けなくなった。
「………大丈夫だよ。心配させてごめん。」
気を失っていたはずの男があげた声に、3人の少女たちが振り向いた。
気まずい雰囲気になりかけていたが、その優しい声のおかげでいつもの調子を取り戻した………そんなわけにはいかなかった。
「「………ヒロ兄………。」」
名前を呼びながらナギとナミが抱きつく。
アメワはそんな二人の肩に手を添えた。
「………良かった………。」
「みんな無事で良かった。」
中年人形は優しく2人の頭を撫でる。
「………ヒロ兄、ごめんなさい………。」
「………。」
ナギの目からは涙が溢れてしまう。
それは、中年人形が無事であったことへの喜びが半分。残りの半分は、無自覚な悪意のある言葉を使ってしまった事への後悔が半分であった。
「………どうして謝るんだ? 大丈夫。なんの問題もないから。」
震えるナギを優しく抱きしめたまま、中年人形はアメワに向かって微笑んで、短い感謝の言葉を添えた。
「アメワ。ありがとう――」
中年人形は続ける。
「ナギ。心配するな。俺は機械人形=ゴーレムだから、お前の言葉は間違いじゃないし、それに俺はそんな言葉でお前を嫌いになったりしないよ。」
さっきの話を聞かれていた、という現実にナギはますます身体を震わせる。涙が止まらないのだ。
「気にするなよ。ナギ、お前がそんな調子じゃ俺まで調子が狂っちまうよ。」
正直、漠然としていた不安な部分がハッキリ理解できた気がする。
やはり、男は機械人形=ゴーレムなのである。
おそらくこの世にただ一人。魂を封印された機械人形なのだ。現実は変えられない。
「これまでのことより、これからのことを考えよう。やってしまったことは変えられないし、口に出してしまったことは取り消せない。でも、俺たちは大丈夫だろ? 何度だってやり直せるし、何度だって立ち上がれるさ。」
そう、これからどうなるかなんてわからないんだ。
不安は常に付きまとうだろうが、それはしょうがない。
それこそ、中年人形が機械人形として生きている証明なのだから――
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