夢の後④
街の灯りに邪魔される事のない空には、無数の星が瞬いている。
月も心なしか大きく見える。
24時間、何かしらの経済活動が行われていた前世の世界では、文明という名の光が強すぎて、こんな数の星を見る事は出来なかったし、我が身を守るために月の光を頼りにするようなこともなかっただろう。
「………それでも、人の在り方は同じだな………。」
フーサタウンの住人は、一度味わってしまった愉楽、悦楽を忘れる事ができなくなったのだろう。
麻薬のように、中毒性でもあるのだろうか。
煙草や酒のように、辞めたくても辞められなくなってしまったのだろうか。
ギャンブルのように、次こそは自分の番だと、大当たりが舞い込むと思ってしまったのだろうか。
【欲】に勝てず、理性を保てず、後戻り出来なくなった時、人はどうすれば良いのだろう。
長命種たちは、【欲】を無くして滅びの道を辿った。それを防ごうと、【欲】を呼び起こす為に、態々【試練】のダンジョンを作らなくてはならなかったというのに。
フーサタウンの住人は、【欲】に狂ってその身を滅ぼそうとしているように見える。
「………いい加減とは難しいもんだな………。」
俺は夜空を見上げながら一人呟いた。
ちょうど良いラインを保つことの難しさ。
誠意や道徳を持って生きていれば、狂気に身を委ねることを防げるのか。
しかし【欲】とは一つではない。
次々と現れては、満たすも満たさないも関係なく、繰り返していく。
「………自分より下に人を置く事で安心するってのも【欲】の一つなのかな………。」
彼らはナギとナミを魔物とか化け物と呼んだ。
皮膚の色、瞳の色、髪の色………。様々な種族が存在するこの世界で、何故、そんな者で他人を差別するのか。
恐怖――?
自分と違う者が怖いのか――?
それとも、魔物とか化け物とか、そういうことにしておけば、相手を虐めても良いと思っているのか――?
相手を貶めるための理由づくりなのか――?
もしかしたら、自分を守るため、他人を攻撃しているということなのか――?
「………だとしたら、最低すぎるだろ………。」
アリウムは自分の身を、心を守るために【アンチ】という才能を授かったのかもしれない。
さらに、彼は自分自身だけでなく、守るべき者たちをも守れるように力を伸ばしている。
あの力が増していけば、それこそ『英雄』と呼ばれるようになるように思う。いや、きっとなってくれると信じたい。
「………ヒロ君。」
街で悪意の奔流に晒されて疲れきったナギとナミと一緒に寝ていたはずのアメワが俺の脇に座った。
「あれ、寝られないのか?」
「街の人たちの狂気に晒されたからかな。なんか目が冴えちゃって……。ヒロ君、大丈夫?」
「ん――? 俺? 俺は大丈夫だよ。」
「街の人たちがニールを見る目も怖かったし、ナギとナミに向けられた悪意も凄い怖かった。」
「そうだな。周りが見えなくなった時の人間て、あんなにも恐ろしい顔をしてるんだな。」
「うん………。【欲】があんなにも人を変えてしまうなんて………。私も【欲】に負けたら、あんな風になってしまうのかしら………。」
アメワは自分で自分を抱きしめるようにして、身体を小さくしている。
「今のアメワのみたいに、自分の身に置き換えて想像した時に怖いと思えてるなら大丈夫だと思うよ。人間、他人から見られている事を忘れてしまった時、ああいう風になってしまうんだと思う。」
悪い事をしたらバチが当たる。
自分の行動に対する怖さが無くなった時、狂気を抑える事が出来なくなって暴走するのだろう。
「………そうだといいな。いえ、そうありたいわね。」
アメワの言葉を聞いて、俺もつくづくそう思う。
「俺もさ……。人を魔物呼ばわりするような連中に、慈悲など必要ないっ!――なんて考えに支配されそうになったんだ。でも、そんな自分が怖くなって思いとどまれた。」
「そっか………。ヒロ君がそうならなくてよかった。そんなヒロ君は見たくないもの。」
「ははっ、見た目はだいぶ変わっちまったけどな。中年のおっさんがキレ散らかしてたらみっともないよな。」
「ううん。そんな事ないよ。私にとってはカヒコが死んだ後、絶望の縁から引き上げたつくれた大切な仲間のまんま。裏切った私たちを許してくれた優しいヒロ君のまんまだよ。」
二人でならんで夜空を見上げる。
色々な考えが浮かんでは消える。
結局、俺はあまりに身の丈に合わない壮大な事を考えてしまったことを後悔した。
「まぁ、俺たちは俺たちのやらなきゃいけないことをやるしかないな。仲間が変な方向に行きそうなら止めてやろう。それで手を伸ばせる範囲なら、手を差し伸べよう――」
自分に言い聞かせるように呟くと、アメワは小さく頷いた。
ピカッ―――
ドドーーーーーン!!!!!!!!!!
猛烈な光が膨れ上がった後、突然、とんでもない大きな音が響いた。
まるで近くに雷でも落ちたかのように、周りが真っ白になる。
あまりに強い光だった為、目が眩んでしばらく何も見ることができない。
俺は手探りしなが3人の少女たちに覆い被さる。
その瞬間、突風が俺たちを襲った――
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