夢の後③
「ヒロ兄っ! こっちこっち!」
街から出て街道を走りっていると、林の前で待つ3人に呼び止められた。
「よかった、無事か?――」
俺が走り寄ると、ナギとナミが飛びついてきた。
無言のまま俺に抱きつくと、顔を埋めたまま身体を震わせている2人。
街の者たちから浴びた悪意の塊に、あの場はなんとか耐えたものの、やはり深い傷を残してしまったようだ。
「――ヒンナ!?」
しばらく2人の背中を撫でていると、リュックからノソノソと顔を出した嘆きの妖精が、俺の首にしがみついた。
俺は「どうした」と言いかけてやめた。
あの時、ヒンナも「悍ましい」なんて言葉を吐かれていたのを思い出したのだ。
俺からしたら、彼女は可愛い人形のように思えるのだが、街の連中にとっては恐怖の対象だったらしい。
俺は首にしがみつくヒンナを胸の前に抱き直し、頭を撫でてやる。
いつの間にか、波の乙女と霜男も外に出ていて、2人の少女と1人の精霊を心配そうに見守っている。
「――ヒロ君……。あれはなんだったのかしら……。」
こちらも何やら凹んだ様子のニールを抱き抱えながら、アメワが腰を降ろしながら疑問を口にした。
「あぁ……、何か明らかに異常だったな。店から出てきた冒険者たち、ニールを見た途端に騒ぎだすなんて……。」
なんとか落ち着き始めたのか、ナギとナミが顔を上げる。
俺の服の端ををチマっと掴みながら、アメワとニールの向かいに腰を降ろす。
空いた両腕でヒンナを抱き直し、俺も胡座をかいて座った。
「とにかく、みんな無事で良かった。街で何が起こっているのかわからないが、あの状態の街に行くのは危険すぎるな。さて……。」
古竜王の所に行かなくてはならないが、フーサタウンの中央にあるダンジョンの入り口まで行くのは危険なようだ。
狂気に狂う人間は、魔物よりも恐ろしい。
本来なら理性で抑えられるはずの感情が爆発しているのだ。
「………ドラゴンフィーバーが終わり、それでも一攫千金や名誉を諦めきれずに街に残り続ける冒険者――ってところかしら……。」
ニールの頭を撫でながら、アメワが推論を述べる。確かに、ニールを見たあとの住人たちの狂気は、まさに欲に狂った人間のそれだったと思う。
「………でも、普通のおばさんとかも居たわよ? 冒険者っていうのならそうかな、と思うけど、なんか街の全体が狂っているように見えたけど……。」
ナギがフードを深く被りなおしながら、素直な感想を述べる。良かった。なんとか気持ちを落ち着ける事ができたようだ。
「………そうよ。おばさんが箒持って向かって来てたわ。凄い怖い顔してた………。」
ナミはニールと共に居た為、狂ったように叫び続ける住民の圧を大きく浴びたのだろう。落ち着きは取り戻したようだが、まだ肩が小刻みに震えている。
前世の世界。やはりゴールドラッシュと呼ばれた歴史上の出来事があった。
金鉱が次々にを発見され、莫大な富を得た者が居た反面、そうでない人々は貧困に苦しみ、成功した者とそうで無い者との差が大きく現れた。
金鉱探しの道具や食料を供給する人々は、それなりの利益を得る事ができたが、多くの人々は、賃金も低く、労働条件も過酷な状況で働かされ、また、金鉱発見競争は激しく、多くの人が詐欺被害に遭ったり、トラブルに巻き込まれたのだ。
さらに、新しい金鉱が発見出来なくなった後も、一攫千金の夢を諦められずにその場に残り続け、その人生を破滅させた者が続出したという。
この街、フーサタウンで起こったドラゴンフィーバーも、それと似たような現象が起こったのだろう。
先に名誉や財産を手に入れた者たちは、アッサリと引き下がる事ができたが、まだ望みが叶っていない者や、欲を満たしきれない者たちは、更なるドラゴンフィーバーを求めて街に残り続けているのだろう。
一般市民が混ざっていたのは、ドラゴンフィーバー中、冒険者たちのおかげで良い思いをしてきた者たちといったところか。おそらく、客が減り、残っている連中も不景気な者ばかりな為、ニールという稀有な存在を知って自分たちも一攫千金、と考えたのだろう。
「………人間の欲ってのは恐ろしいな………。」
ドラゴンフィーバーの歓喜をもう一度。
そんな夢を見ながら、欲に駆られ、街を狂気に染め上げる。
かつて、【楽】プロジェクトで欲を無くして滅びかけた長命種。それに対して【欲】が抑えられなくなったことでその身を滅ぼす短命種たち。
なんとも皮肉なことではないか――
「――さて、どうやってダンジョン=ファーマスフーサに入ろうか。このままじゃ、古竜王たちに会えないよな………。」
欲に狂った者たちだ。もしかしたら、俺たちを探し回っているかもしれない。ましてや街に戻れば、また先程のような騒ぎになるのは目に見えている。
どうしたものか。
「とりあえず、今日のところはもう少し街から離れた所で野宿しましょう。みんな、心も体も疲れただろうし。」
「………そうだね。あの先の森でテントを張ろう。見張は俺がやるから、みんなゆっくり休んでくれ。」
ナギとナミは素直に頷き、ヒンナも落ち着いたのかリュックへと戻った。その様子に安心したのか、ミズハとフユキもリュックと水筒に戻っていく。
俺はテントを張る場所を選びながら、この先どうするべきか考えていた――
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