第一歩
アリウムがアーク、ニーンの二人を先導しながら、来た道を戻って行く。
時折り振り返って手を振ったりしながら、落ち着かない様子ではあったが、やがて三人の姿は見えなくなった。
「………アリウム兄行っちゃったね。」
「ヒロ兄、本当にこれで良かったの?」
ナギとナミが不安気に俺に問いかけてきた。
「お前たちもいるんだから、大丈夫だろ?」
「………いや、こっちの事じゃなくてさ……。」
「そうそう。アリウム兄を一人で行かせちゃっていいのかってこと。」
俺はクルりと反転して、フーサタウンへと歩きだした。
「――大丈夫さ、アイツなら。」
水筒から顔を出した波の乙女も、リュックから顔を出した霜男と嘆きの妖精も、何か言いたげにこちらを見つめている。
「さぁ、行こう。アリウムは自分の考えで動き出したんだ。俺たちは、俺たちのやらなくちゃならない事をやらなきゃ。」
考えてみたら、俺がこの世界で自我に目覚めてから今まで、アリウムと離れて行動するのは初めてかもしれない。
元々は一心同体。
そして、俺が機械人形=ゴーレムに封印されてからも常に一緒に行動していた。
どちらかといえば、アリウムよりも俺の方が不安な気持ちが強い気もする。
だが、誇らしいじゃないか――
「アリウムは『英雄』と呼ばれるようになるかも知れないな――」
彼にとってはただの一歩。
でも、【アンチ】という他人を拒絶する才能を授かり、他人から蔑まれ続けたアリウムが、他人を護る為にその才能を使い、他人の未来を作ろうと考え踏み出した一歩だ。
この世界では、戦闘を有利にする才能が重宝され、魔物を倒し制圧するような者が持て囃されてきた。
彼には他を攻撃する才能は無い。
ただ、他人を拒絶し、我が身を護る才能があるのみ。
しかし、その護る力を自分自信だけに限らず、仲間を護ることに使ってきた彼なら、その力をもっと広く、もっと大きく、世界を護ることに使えるだろうと思える。
「――なんかすげぇな。唯一無二。絶対防御の勇者。英雄アリウムなんて、かっこよすぎだろ。」
俺は物語に出てくる他を圧倒するような強さを持つ英雄ではなく、どんな理不尽な力からも他を護り通すアリウムの姿を想像して、自然に笑みが溢れた。
そんな俺を見ているナギとナミが不満気だ。
「………なんて楽天的な……。」
「ほんと、戦う術を持たないアリウム兄がどうやって英雄になるのよ。」
彼女たちの『英雄』像は、やはり圧倒的な力で他を制圧するような力の持ち主なのだろう。
でも俺は、今はそれでもいいと思う。
きっと、アリウムが新しい『英雄』像を作り出してくれると信じられるから。
「――俺は相手をやり込める力より、どんな攻撃にも屈しない力の方が凄いと思うよ。」
小走りに俺に追いつき、左右に並ぶナギとナミ。
3人で並んで歩きながらハッキリとした口調で話す。
2人に、そして自分に言い聞かせるように。
「力で相手を従わせても、心まで従わせられるとは限らない。だから、心を従わせるには、根拠よく相手の心を説得しなくちゃならないんだ。そのためには、相手に勝たずとも、負けてはいけないんだよ。もしそうだとすれば、アリウムの力は最強だろ?」
ナギとナミは首を傾げている。
ちょっと難しかったかな。
でも、この世界に因果というものがあるのならば、色々な要因が絡み合って結果に向かって進んでいるはず。
チンピラ三人組が、かつてのナナシをダンジョンの裂け目に突き落としたことで、俺たちはケインさんに出会えた。
ケインさんに出会えた事で、俺たちは生き延びることができ、また新しい出会いをすることができた。
さらに、その事がその先の未来につながっていくとすれば、ここでチンピラ三人組に出会い、アリウムが、彼らの手伝いをすることになったこと自体、最初の悪い出会いが導いた結果だといえる。
もしかすると、チンピラ三人組だって、かつてのナナシや、俺たちに出会った事で人生が変わったのかも知れない。
そう考えたら、凄い話だなと思う。
だとするならば、アリウムが『英雄』を目指すという事も、色々な因果の結果なのだろう。
「――因果応報ってさ。悪い事を指し示すばかりじゃないんだよ、きっと。」
俺ひとり納得しているが、ナギとナミはサッパリわからないといった感じで眉間に皺を寄せている。
そんな二人の頭を撫でながら、俺はかつてこの言葉で俺を励まし続けてくれた彼女に感謝した。
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「だから因果応報って言ってるでしょ?良い事してれば良い事が、悪い事してれば悪い事が返ってくるんだって――」
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(――だよな。きっとアリウムなら大丈夫。アイツが悪い道に進むことはない。なんて言ったって、アイツは、理不尽が与える苦しみを知っている。相手にどんな影響があるかを知っている。絶対に、他人に苦しみを与える側にはならないさ。)
虐めの連鎖……。
アイツがそんな負の連鎖なんぞ、絶対にするわけがない、
自分がやられて嫌なことを他人にしない。
アイツならそう考えるに違いない。
俺はそう確信している。
「――だって、俺はお前で、お前は俺だったからなっ!」
何故か大きな声を出したくなって、俺は空に向かって叫んだ。
「さあ、俺たちも新しい一歩を踏み出そうっ!」
「………何? あれ?」
「わかんね……。まぁ、大丈夫っしょ?」
ナギとナミは呆れながらも、自然に笑みが溢れていた――
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