まだ許してはいません
「――なんだ!? 」
傷は塞がったが、ニーンも多くの血を流した為、急に立ち上がると、ふっと頭から血が下がり、目眩を覚えた。
よろけて倒れそうなニーンを無理矢理引きずっていく波の乙女。ニーンを連れたその先はアークのところである。
「……なんだ、どうしたっていうんだい?」
見上げた顔には涙の跡が残っている。
やはりアークは泣いていたのだろう。
二人を並ばせると、波の乙女は今度は白髪の少年の手を引いて連れてきた。さらに、中年の男も。
《 ………あなたたち、この子の事は覚えてますよね? 》
微笑みを浮かべながらも、何か圧力を感じさせる波の乙女の姿に、アークとニーンは背筋を伸ばして頷く。
「――あ、あぁ……。もちろんでさ。なぁニーン。」
「もちろん俺も覚えているさ。なぁ、アーク。」
こんな2人の反応に波の乙女はスンっと真顔になる。さっきまで笑顔であったはずの美女から表情が消えると、周囲の温度が下がったように感じられた。
《 ………私はリンカータウンの水飲み場にいた水の精霊。あなたたちが、この子に酷い嫌がらせをしていたところを全部見ていました。挙げ句の果てには、抵抗できないこの子に暴力を振るい、心も体も傷つけました……。》
悔しげに口を開く波の乙女の様子に、アークとニーンはゴクリと喉を鳴らす。
( ……ミズハ……、あの時の事、全部見ていたのか……。)
中年の男は、波の乙女が自分の事を見守ってくれていた事に驚き、初めて妖精に紹介された時、優しく抱きしめてくれたことを思い出した。
( ……出会う前から、君は俺たちのことを気にかけてくれていたんだね……。)
男は白髪の少年に目配せをする。
それに気づいた少年は、深く頷いた。
「――ミズハ、ありがとう。君は俺たちの代わりに怒ってくれたんだね。でも、大丈夫。俺たちは、ミズハや、他のみんなのおかげで、とっくの昔にドン底の苦しみから救われたから――。」
男は精一杯の笑顔で波の乙女に向かっていつもの決めポーズを決める。
横に立つ白髪の少年も同じく右手の親指を立てて笑った。
《 ……ご主人様が許しても、私はまだ許していません。だいたい、まだあの水飲み場でのことも、街道で襲われたことも、全然謝ってもいない……。》
「――そうそう、ダンジョンの裂け目に突き落としたこともでしょ? ヒロ兄、アリウム兄。」
「マジ!? こいつらがヒロ兄たちを崖から突き落とした奴等なの!? 最低じゃん!」
怒りを治めることなく、アークとニーンを糾弾する波の乙女。そこに、ナギとナミが参戦する。
確かに、簡単に許すことなど出来ないような酷い目に遭わされてきた。しかし、【魔物の子供ナナシ】と罵られ、蔑まれた相手はこの2人に限らないのだ。
もし、それを許さないとするならば、俺たちは俺たちを虐めた人々全てを恨み続けなくてはならないことになってしまう……。それは、あまりにも不毛な人生ではないだろうか……。
「「 …………。」」
3人から責められ、顔を青くするアークとニーン。
なんの言い訳もできず、2人は地面に擦り付けるように頭を下げた。
「 ――申し訳ねぇ……。罪滅ぼしにも何にもならねぇが、本当に申し訳ねぇ……。」
アークは声をなんとか絞り出すと、謝罪の言葉を繰り返す。
ニーンも頭を地面に擦り付けたまま、頭を上げようとはしない。
「俺たち3人。魔物の大行進の時のあんたらの活躍を見て、自分たちを変えようと決心したんだ。」
「その手始めに、【デビルズヘブン】の情報を国と冒険者ギルドに密告して、組織から抜けようとしたんだ。」
「だが、【デビルズヘブン】を壊滅させる事はできず、俺たちは組織から命を狙われることになったんだと思う。」
「ヅーラは残念だったが、俺たちはアンタらに命を救われた。感謝している。」
「俺たちは、アンタらにまず心を救われた。そして今日、今度は命も救われた……。」
「すまなかった……、そしてありがとう。」
「何処まで行っても半端者の俺たちだ。だが……、あの日……、アンタらがあの魔物の大群に向かっていったあの日、俺たち3人は原点に戻る決心をしたんだ。」
「だが、世の中そんなに甘くねぇな……。きっと、散々悪さを繰り返したことへのしっぺ返しが、今の俺たちの状態なんだろう。」
「あぁ……。ヅーラの命とニーンの左手……。それが代償というのなら、できれば俺の命で支払わせて欲しかった……。」
命で代償を払うなど、あってはならない。
だからと言って、無条件に男たちを許す気持ちになどなれるだろうか。
だが、罪を犯したことを理解し、自らの過去を反省した上でこれからの未来、罪を償っていこうと決意した男たちを、これ以上責めてどうしようというのか、とも思う。
結局は、ヒロやアリウムといった虐めの対象にされた者たちが、「今」、幸せを感じているかどうかなのではないだろうか。
「許す」には、それなりにパワーがいる。
自分の苦しみや悲しみを無かった事にしなくてはならないのだから。
だからこそ、「今」が大事なのだろう。
「今」、許す側にそんな余裕がなければ、とてもじゃないが、そんな緩いことなんかできず、目には目を、歯には歯をではないが、自分と同じように相手に不幸を求めるに違いない。
「 ――みんな、ありがとう。でも、もう許してやろう――」
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