後始末
♢
「――ミズハ。ありがとう。」
中年人形は左腕を切り落とされ、横になっているニーンの隣に胡座をかいて座っている。
ポーションを素早くかける事ができた為、肘から切り落とされた腕は戻らないが、それでも命は助かった。
チンピラ3人組が持っていたのがあまり上等なポーションではなかった為、完全に切り口は塞がりきれなかったのだが、波の乙女の生み出した水球に包まれて完全に癒されたようだ。
波の乙女=ウンディーネのミズハは、蛇神ナーガの身体を取り込み、上位精霊となった。
ナーガの力か、それとも元から持っていた力なのか、ミズハは癒しの力を使うことができるようになっている。
ミズハがバスケットボールほどの大きさの水球を生み出して、切り落とされた腕の部位を包み込めば、ゆっくりではあるが切り口をすっかりと塞いでくれた。
ソーンが使う回復魔法のような奇跡は起こせないが、事後に行う治療とすれば、かなり有用な力であろう。
「……す……すまねぇな……。」
ニーンがか細い声で波の乙女に礼を言う。
先程の戦闘時、人と同じ大きさであったはずの彼女は、今は小人の姿に戻っている。
美女を3頭身にディフォルメしたようなその姿は、そうなったとしても、どこかしらその要素を保っていて、ニーンの礼の言葉に対して可愛らしくニッコリと微笑むと、まわりもつられて笑顔になる。
《 …………。》
それなのに、声を出そうとしない波の乙女の態度に、なんとも居心地の悪いものを感じながら、ニーンはチンピラ3人組のリーダーであるアークに視線を向けた。
アークは、横にならされているヅーラの脇に座っている。
地面に頭がつきそうなほどにガックリと肩を落とし、項垂れている。肩が小刻みに揺れているところを見ると、もしかしたら泣いているのかもしれない。
先刻の刺客の襲撃に際し、ヅーラは助からなかった――
ニーンは粗悪品とはいえポーションを使う事ができたが、ヅーラに使うまでには時間がかかり過ぎたのだ。
出血多量――肩口から左腕を切り落とされたヅーラの周りはまさに血の海と化し、あまりにも大量の血を流し過ぎたのだ。
アークが駆けつけた時には、ヅーラは痙攣を起こし、傷口を押さえていた右手からも力が抜けた状態。
一応、駆けつけたアークがポーションを振りかけ、今、ニーンに施されているように波の乙女の【癒しの水】により傷を塞いだものの、すでに流れ出た血を戻すことは出来なかった。
「 …………。」
自分たちははみ出しものであり、卑怯者である。
そんな自分たちを変えようと、3人組は裏組織【デビルズヘブン】の情報を国と冒険者ギルドに渡した。
正義の味方になるつもりはない。
なれるとも思っていない。
ただ、悪いことを平気でやってきた自分たちが生まれ変わる為に、大きな変化を求めた彼が色々と考えた末にとった行動だった。
貴重な情報を持ち込んだ事で、3人組は冒険者のランクを最低にまで下げられただけで解放された。所謂、司法取引のようなものだろう。
冒険者ギルドでも、自分たちの取り扱わないような悪行を請け負い、仲介している裏組織をなんとかしたいと考えていたから、【デビルズヘブン】についての情報はありがたいものだったはずだ。
そこで、国軍と一緒になって【デビルズヘブン】を壊滅させるべく、3人組の密告により明らかになったアジトを襲撃したのだ。
しかし、襲撃したアジトはどこももぬけの殻で、すでに引き払われた状態。壊滅作戦は空振りに終わっていたのだ。
そう――、悪人は何処にでもいるのだ。
3人組がまさにそうであったように、冒険者ギルドに所属しながら【デビルズヘブン】から仕事を貰っている者もいれば、国に仕える公僕でありながら、【デビルズヘブン】の仕事を請け負っている者もいる。
チンピラ3人組がもたらした情報は、アジトを見つける為に確度の高い情報ではあったが、そういったどこにでもいる悪人を見つけることまではできない。
お互いに繋がりがない者同士でできている集団であり、そうしてきたことで長い間潰されることなく維持されてきた集団なのだ。
故に、【デビルズヘブン】を潰そうとする情報は、どこからともなく漏れ伝わった。
元々裏の世界で暗躍する者たちである。
さっさと拠点を変えて、襲撃からも逃げ果せてしまったわけだ。
そうなると、今度は組織を裏切った3人組は、【デビルズヘブン】から命を狙われることになった。
それこそ、どこにでもいる悪人によって、3人組が組織を裏切り、情報を漏らしたことは簡単にバレてしまったのだ。
もともとが小物であり、冒険者としてのランクが下がり、パーティー登録をしていた訳でも無かった為、3人組がどこにいるのかすぐにはバレなかった。
しかし、そこは裏の世界を知り尽くす組織。しっかりと裏切り者の3人を調べあげ、今回の襲撃になったというわけだ。
「……せっかく変わろうとしたのにな……。やっぱり、俺たちは、何処までいっても、真っ当に道を進むこてはできねぇのかな……。」
アークが頭を抱えたまま呟く。
ニーンは、そんな自分たちのリーダーにかける言葉が見つからず、ただ黙り込んだ。
ニーンだって、ヅーラが死んだ事に悲しみを感じないなんてことはない。
だが、自分たちも変われるだろうか……。みんなでそう話し合って決めた道なのだ。3人とも、覚悟を決めて進んだ道なのだ。
だから、後悔してばかりいられない。ニーンはそう思っている。
ふと、少し離れた場所で背を向けて立つ白髪の少年が目に入る。
自分たちの人生を変えるキッカケを与えてくれた人物であり、また、自分たちが人生の全てをかけて許しを請わなければならない人物でもある。
今回も、結果は最善ではなかったが、自分とアークは命を救われたのだ。
しかし、ニーンは少年に声をかける事ができない。
するなら、アークと共にしなければ、とそう思う。
そんなニーンを、残った右手を引いて立たせようとする者がいた――小人の姿から大人の女性へと姿を変えた、波の乙女であった。
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