竜の街
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何ごともなかったかのように、また賑やかな旅の時間が戻ってきた。
ナギもナミも年頃の少女らしく、何が面白いのかわからない話で盛り上がっている。『箸が転んでもおかしい年頃』とは、まさに彼女たちの事を言うのだろう。
ただ、彼女たちの話が全く理解できない俺は、やはり中年のおっさんで、やはり違う世界からやってきた存在なんだという事なんだろう。
アリウムの中に居た時は、アリウムとして年相応の感覚に引っ張られていたように思えたものだが、機械人形=ゴーレムとして、元の姿に戻った今は、やはり今の姿なりの感覚になっているようだ。
人生をやり直す事ができるのならば、できれば若い感覚からやり直したいと、改めて思ってしまう中年人形であった……。
♢
何度か徘徊する魔物の群れに襲われたが、その内訳はゴブリンやコボルトばかりで、さほど苦労することもなく退治しながら旅路は進む。
そろそろ南の街フーサタウンが近づいてくると、フーサタウンからそれぞれのホームタウンへと帰る冒険者とすれ違うことが増えくる。
すれ違う冒険者があまりに多いため、何組かのパーティーに理由を聞いてみると、ダンジョン=ファーマスフーサに大量に発生していたドラゴンが、まったく居なくなってしまったらしい。
ドラゴン目当てに大量に集まっていた冒険者たちは、この状態では稼ぎにならないため、元々活動していた街へと帰り始めたそうだ。
今でも残ってドラゴンを探し続けている冒険者たちは、一攫千金やドラゴンスレイヤーという称号を求めて、元からダンジョン=ファーマスフーサで活動していた連中ばかりになっている。
「ニールの件が解決して、古竜たちも落ち着いたから、ダンジョンの中も平常運転に戻ったんだろうね。」
ダンジョン=ファーマスフーサにドラゴンが大量に発生していたのは、狐憑きの集団に古竜王の卵が強奪された際に、配下のレッサードラゴンを差し向けたことが原因である。
俺たちが卵を取り返して古竜に返還した為、レッサードラゴンを歩き回らせる必要がなくなったのだ。
冒険者が大勢押し寄せたので、少なくないレッサードラゴンが討伐された。
最強種とはいえ、劣等種の名がつけられているわけで、ドラゴンだとしても戦闘の才能に長けた冒険者たち相手では部が悪かったのだろう。
「この街にくるのは久しぶりですね。」
「あぁ、あの時は色々大変だったもんな。」
「そうそう、ギースさんたちに襲われたりして。そういえば、アリウムはあの頃の記憶はあるのか?」
「ちゃんとありますよ。なにせ、ずっと覗き見ていましたからね。」
俺が表に出ていた時も、ちゃんとやっていることを把握していたということは、まぁ、あれだ。恥ずかしい所も全部しられているわけで……。まだまだ青春真っ只中の年頃のアリウムが、中年おっさんの思考に引っ張られていませんように……合掌。
「――ヒロ兄っ! なんか、人が争ってる!」
俺がアリウムの将来を心配しながら歩いていると、斥候のナギが声をあげた。
もう少しでフーサタウンという所で人族同士での争いだなんて。
「……喧嘩か?」
前方の様子を伺うナギの横に並び、俺も目を凝らしてみる。
ナギの言うとおり人族同士が争っているのだが、お互いに武器を構え、本格的な斬り合いを繰り広げているようだ。
「――ヒロさんっ! あれっ!」
俺の横で指をさすアリウム。
3人の冒険者風の男たちが、8人の、こちらも冒険者風の男たちに囲まれている。
そして、よくよく見れば、囲まれている3人の男には見覚えがあった――
「――あいつら、俺をダンジョンの裂け目に落とした奴等じゃないか!?」
何かと悪い縁のある3人。
名前は忘れたが、俺をダンジョンの裂け目に突き落とし、リュックを奪い、ベルさんを攫おうとし、挙句の果ては冒険者に登録しながら、【デビルズヘブン】なる犯罪組織に加入してニールを誘拐しようとしたチンピラパーティーだ。
ニールを襲った際、返り討ちにして地面に埋めてやったのだが、一人埋めずに残した仲間が掘り出して助けてくれたのだろう。
まぁ、逃げてもらっていても、まったく問題はないのだが、考えなければならないのは、今、彼らが襲われているという点である。
「……ヒロ兄、助けないの?」
ナミが不思議そうに俺の顔を伺う。
ナギも同じようにアリウムの表情を気にしているようだ。
どう考えても、多勢に無勢。あの3人組が不利なことには間違いない。
「……あいつら……。きっとまたなんか悪さしたんですよ。」
アリウムが嫌悪感たっぷりに呟くのを聞き、ナギとナミが心配そうに聞き直す。
「悪さって……あの3人組、悪人なの?」
「アリウム兄がそんな嫌そうに話すなんて、珍しい――」
少女たちがあまりに驚いた顔をした為、アリウムは苦笑いを浮かべている。
ドーーーンっ!
様子を伺っていると、突然、魔法の炎が上がった。
そして、レンジャー風の男を先頭にして、チンピラ3人組がこちらに向かって走ってくる。
どうやら、魔法を突破口にして、囲みを破ったようだ。
「――あんたら、逃げなっ! 俺たちは今、悪い組織に追われているっ! 巻き込まれるぞっ!」
こちらへと走りながら、俺たちに向かって叫んでいる。
( 悪い組織に追われているだって? あいつらが? 逆じゃないのか? )
俺の持つチンピラ3人組に対するイメージは最悪である。おそらくアリウムも。どちらかといえば、3人組を追いかけている集団の手伝いをしたいくらいなのだ。
「――あいつら、【デビルズヘブン】っていう犯罪組織の連中なんだっ! ヤバい奴等なんだよっ! あんたらは関わるなっ!」
ん!?
どういうことだ!?
3人組は【デビルズヘブン】の一員だったはず。
それなのに、【デビルズヘブン】に追われている!?
どうなってるんだ!?
俺の頭は疑問符で埋めつくされる。
アリウムも同じく混乱しているようだ。
「――ヒロ兄っ! あいつら悪い奴だって!」
「助けようっ! ヒロ兄っ!」
混乱する俺たちを尻目に、二人の少女が前方に走り出してしまった。
追手は8人。
このまま彼女たちだけを向かわせるのは危険だ。
「――くっ! 悩んでいらんねえなっ! アリウム、いくぞっ!」
俺は愛剣を抜き放ち、走り出した――
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