不同意な同意
「 …………。」
俺は2人から言われた言葉に驚いた。
自分を犠牲にするなと……。
確かに先日の使徒も含めた話し合いの際、俺の覚悟について話しはした。
それは最終的にヒルコを封印しきれなかった時の選択肢について。
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「みんな、俺に判断を任せてもらえるかい?――」
ヒルコの本質を見極める。
中年人形は、仲間たちと使徒を前にして話を切り出した。
「――ヒルコが善なる存在だと判断できたら、機械人形=ゴーレムに封印したままで、ダンジョン=ヘルツプロイベーレの管理者を続けてもらうつもりだ。ただ――」
ヒルコが善なる存在だったとして、今に至るまでウカ神のプロジェクトを邪魔し、仲間の使徒を襲撃し、さらには、自分の謀略を実行する為に罪の無い子供を操り人形にしてきた……。
確実にやってはいけない事をしているのは確かなのだ。
「――悪なる存在だったとしたら、やはりなんとかして葬り去るべきだと思う。それが、あなたたち、使徒の考えと違っているとしてもです。」
もう一つの無垢な魔力核を使ったヒルコの封印方法の算段がつき、そこへ向けて盛り上がっていた面々は、中年人形の意見を聞いて、一斉に黙り込んだ。
中年人形は続ける。
「ヒルコと直接関わりのあった使徒のみんなは、ヒルコが善なる存在だと疑わない……わけじゃないよね? ヒルコがやっている事の善悪を考えれば、流石に盲目に信じることはできないはずだ。」
顔無し人形の2人は腕を組んだまま微動だにせず、森の女王とドワーフ王は下を向いたまま動かない。
「でも、自分たちの中にあるヒルコのイメージが大きすぎて、ハッキリと判断できないでいるように思うんだ。」
一瞬、森の女王が顔を上げて口を開こうとして、やはり言葉にできないままにまた下をむく。
「だからこそ、判断は俺に任せて欲しい。使徒のみんな以外に、ヒルコの理由の見えない行動に振り回され、それと対峙し続けた俺に。」
チーム【アリウム】の仲間たちを見回すと、彼らは誰も下を向いていなかった。
それは、中年人形と共に苦難を乗り越えてきた経験と、ヒロという存在が築き上げた信頼が、彼らの様々細かい感情を抜きにして、判断を中年人形に預けようという覚悟の表情をしていた。
「俺の判断が間違いだと感じたら、その後、俺をどうにでもしてくれていいし、もし、もう一つの魔力核にヒルコを封印しきれない時は俺の核を使う覚悟もしている。」
ソーンがこの言葉に反応するが、中年人形が手で発しようとする言葉を制した。
「――絶対にヒルコを封印する。だから、封印した後の顛末は、俺の判断を尊重してほしい。」
「……もし、君の核を使わなくてはならなくなったら、そんな判断はできないのではないの? そんな状況で自分自身が存在できるかどうかの瀬戸際で、ヒルコが悪なる存在とわかった時、君はどうするつもりなの?」
森の女王だけが中年人形に向けて問いを繰り出した。その表情は苦悩に満ち、今までハッキリとした結果も結論も出せずにきた自分たちの不甲斐なさを後悔したものであった。それ故に、反対することも肯定することもできず、選択肢の確認をすることしか森の女王にはできなかった。
「もし、そうなった時は道連れにしてでも、ヒルコを消し去ってみせるよ。心の中での魂の在り方には、自信があるからね。」
もしかしたら、この選択肢を勝ち抜く為の訓練期間として、アリウムの魂との同居生活があったのかもしれない。
神と呼ばれる存在が普通に存在しているこの世界で、どんな存在がこんな仕掛けを作り出したのかはわからないし、ただの偶然なのかもしれない。
しかし、中年人形が今世で辿ってきた道のりは、不思議とこの選択肢に繋がっているようにも思えるのだ。
「――もし、俺のやり方が失敗だったら、俺ごと滅して貰って構わない。封印できるならそれでもいい。だから、最初の選択は俺に任せてくれ。」
中年人形は深く頭を下げた。
誰も声を発せず、頷くこともしない。
それは使徒の面々だけてなく、チーム【アリウム】の面々も同じだった。
誰も決められない……。
選択肢は限られていたとしても、必ずしも選んだ結果が正解だとは限らない。
各人にとって、事情も、感情も違うのだから。
「――誰からも反対の声が上がらないなら、これを今後の方針とするね。みんな、俺の話を聴いてくれてありがとう。最後までよろしく頼むね。」
中年人形の意見に反対するものはいなかった。
ただ、それはただ沈黙していただけで、賛成したわけではない。
そこにあるのは『不同意な同意』だけ――
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ナギとナミは、両腕に自分たちの腕を絡めたまま、俺の顔を覗きこんでいる。
その目は決して誤魔化しを許さない決意に溢れている。
適当な事を言っても、絶対に納得してはくれないだろう。
「……ヒロ兄……。絶対に自分を犠牲にしてもいいなんて思わないで。」
「……そうだよ。ウチらみたいな人から外れた女の子と一緒にいてくれるのは、ヒロ兄みたいな人しからいないんだから。」
「 …………。」
俺の覚悟は決めてしまっている。
でも、彼女たちを護るという覚悟も捨ててはいけないのだ。
俺はそんな気持ちを隠さずに、2人に応えた。
「――全力で2人を護るし、全力でヒルコを封印する。約束するよ。」
『不同意な同意』……彼女たちにも俺の言葉が詭弁だとわかるだろう。
でも、俺は本当の気持ちを込めてこの応えを出した。
そんな覚悟を理解してくれたのか、2人の少女は少し悲しげに笑い、絡めていた腕を解いた。
「――さて、デートを続けましょうか。」
「なによ、なら今度はナミが先頭に行きなさいよっ!」
「ナギがレンジャーっていうクラスを選んだんじゃないっ! ちゃんと仕事をしなさいよねっ!」
旅の始まりと同じようなやり取りが始まる。
俺は、そんな2人に軽く頭を下げた――
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