人ではない存在②
二人の少女は、拳を握りしめながら涙を拭っている。
「……ウチらは、ウチらを救ってくれて、その後も周りの悪意からも守ってくれて……。そんなヒロ兄が好きなのっ!」
なんでこんなことになっているのだろう。
2人とも大事な仲間であり、家族といっていい存在。
でも、俺は機械人形=ゴーレムになった。
2人とはあまりにも違う存在に……。
「……でも……、だから俺は人じゃないんだよ。」
「機械人形がなんだっていうのさっ! ウチらだって、もう人ではないのっ!」
もう人ではない――ナギの言い放った言葉に、俺は愕然とした。
そうか、2人とも使徒の眷属になったのだ。
俺とはまた違う、2人には2人の苦しみがあったことを俺は知っていたはずなのに……。
「あなたたち、人じゃないなんて、そんなことないわっ!」
アメワが声をかけるが、その言葉は2人の少女にとっは逆効果だった。
「――アメワ姉は綺麗で、頭も良くて……。何よりちゃんと人族じゃん……。」
「そうよ……。ウチらは違う。髪の色も違う、瞳の色も違う、肌の色だって……。周りの人達から異物を見るような目をされて、避けられるような存在だものっ!」
少女たちの悲鳴のような反応に、アメワは次の言葉を発することができない。今まで明るく振舞っていた2人のいつもとまったく違う様子を見て、どんな言葉も彼女たちを傷つけてしまうと考えたのだろう。
あぁ、そうか。そうだったのか――
この子たちは、当時の俺と違い、そういったことを感じでいないと思っていたのに。
俺がしっかりと、そういったことから護れていると思っていたのに……。
俺はこの子たちをまったく護れてなんかいなかったのか――
「……ごめんナギ、ナミ……。」
立場は違えど、同じようにこの世界の秩序から外れた存在になった彼女たちのことを護ると決意をしたことを忘れていたのだ。
言い訳をすれば、自分が機械人形=ゴーレムになったことで、自分の将来の不安ばかり考えていた。
でも、彼女たちを護るという決意を忘れてはいけなかったのだ。たとえ自分という存在の在り方が変わったとしても……。
「……最近の俺は自分のことを心配してばっかりだった。お前たちも、俺とおなじように不安でいっぱいだったのにな……。」
もう一つ言い訳をするならば、最近は2人と一緒にいる機会がなかった。
アメワやライト、ハルク、ギースに任せっきり。別行動ばかりで、俺がかまってやることができていなかった。
街にいることもないから周りには仲間しかおらず、他人から好奇な目を向けられる環境からも離れていた。
悪意から彼女たちの盾になる必要はなく、常に彼女たちを護らなくてはならないという気持ちが消えてしまっていた……。
「ごめん……。俺は、お前たちを護ると決めていたのに……。」
口を挟めずにあたふたするアリウムと、少女たちからの言葉にショックを受け固まるアメワ。
未だに涙を流す少女たちは、まるで子供のように声をあげて泣き続ける。
その場の誰もが無言だった。
いつの間にか、コボルトを焼いた魔法の火も消えている。
生き物が毛皮ごと焼けた匂いは、なんとも言えない悪臭を漂わせながらも、跡形もなく死体を焼き尽くしていた。
ガサガサッ……
街道脇の木の枝が揺れた。
いつの間にか、スカベンジャークロウが大量に集まってきていた。
すでに漁る屍肉は燃え尽きているが、煙に混じった嫌な匂いが、奴等を呼び寄せたのだろう。
この鳥の魔物は、生きている相手には攻撃してこない。しかし、数も多いし、空を飛ぶ魔物は厄介だ。ここは早めに離れた方が良いだろう。
「……みんな、屍肉漁りが集まって来てる。とりあえず、ここからの離れよう。」
俺の呼びかけに、無理矢理涙を堪えながらナギとナミが頷く。
「――ナギとナミが先頭へ。アメワ、俺がその後。悪いがアリウムは念の為に殿で警戒してきかれ。」
2ー2ー1の隊列を組んで小走りに現場を離れる。ニールは相変わらずナミの頭の上だが、今はちゃんと起きて周囲の警戒に当たってくれている。一応、状況を考えてくれているようだ。
( ……さて、みんなとしっかり話をしなきゃな……。)
♢
俺はある程度距離を稼げたところで、息をフッと吐いた。
追われることは無いだろうとは思っていても、背後に魔物がいるというのは気持ちの良いものではない。
肩の力が抜けたところで、隊列を元のポジションに戻す。
「――アメワ姉、ごめんなさい。ウチ、勢いであんな酷いことを……。」
1ー1ー3の隊列に戻り、アメワの隣りに戻ったナミがボソボソと謝罪の言葉を口にした。
先程、思わず口にしてしまった暴言は、言った方も言われた方も、どちらにも深い傷をつける言葉であった。
「……私こそごめんね。いつでも明るく振舞っていたから、あなたたちがそんなに深く傷ついていると気づけなかったの……。ナミとは、村でも、フェンリルさんのダンジョンでも、いつも一緒にいたのに……。」
またパーティーの雰囲気が重くなる。
魔物から逃げ切り、安針したにも関わらず、みんなの足取りはかなり重い。
コボルト戦の前までは、あんなに賑やかに歩いていたのに。
「……いや、悪いのは俺だよ。みんなの事を考えなきゃいけないのに、まるで考えていなかった……。」
「そうだよ、ヒロ兄っ! これからはウチらの事をちゃんと見てよねっ!」
「そうだよ、ヒロ兄っ! ウチらやアメワ姉、ソーン姉のことも、ちゃんと見てっ!」
なんで女性陣ばかり……、いやそれは置いておいて、俺がしっかりしないと。
「ヒロ兄しか、ウチらを人として……、女の子として扱ってくれる人なんていないんだから……。」
「そうそう、だから、自分を犠牲にして世界を守るとか、身の丈に合わない考えはやめることっ!」
「ヒロ兄には、ウチらやアメワ姉、ソーン姉を守るくらいでちょうどいいのよ。」
「だねっ! まぁ、ついでにアリウム兄とか、ライトさんとか? ハルクさん、ギースさんも? 守る相手はそのくらいにしておきなさいっ!」
「えっ!? 僕はついでなの!?」
「当たり前でしょ!? アリウム兄なんて、ずっとヒロ兄に守ってもらっていたんだから、これからは逆にみんなを守るくらいにならないと。」
「え〜っ!? 僕も頑張ってると思うんだけど……。」
「もぉ〜〜っ! ヒロ兄はウチらを守らないいといけないのっ! わかる?」
「だからね――」
隊列を崩し、いつの間にか俺の両隣で腕を絡める2人の少女。
1人は黒髪、白瞳の健康的な少女。
1人は白神、赤瞳の儚げな少女。
自ら人では無いと言い、機械人形=ゴーレムとなった俺と同じ立ち位置にいることを宣言した2人が俺に笑いながら懇願した。
「「――だから、自分を犠牲にして、全てを終わらせるなんて絶対させない。ウチらを置いて行かないでね。」」
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