人ではない存在①
「――ねぇ……。ねえってばっ!」
「ヒロ兄っ! 何をブツブツ言ってるのさっ!」
久しぶりに親の気持ちに浸っていると、戦闘を終えて集まってきたナギとナミが声をかけてきた。
気づかない内に心の声が漏れていたようだ。
みんなには前世の家族の話はしてあるが、過去の話を引きずっていると思われては、彼女たちにいらぬ心配をかけてしまう。気をつけなくては……。
「ちょっと、みんな。コボルトの死体を集めてっ! 全部焼いちゃうから!」
ちょうど良いタイミングで、アメワから声がかかった。助かる。
「……すまん。すまん。さぁ、また魔物が集まってきたら大変だ。さっさと死体を焼いてしまおう。」
ダンジョンの中の魔物と違い、外界の魔物は魔石を持たず、消滅することはない。
これがウカ神の魔力で作られた魔物と、自然発生した魔物の違いだ。
俺はアメワと一緒に、みんなが集めた魔物の死体に火をつけながら考えていた。
リンカータウンにおける魔物の行進では、魔石を落とす魔物は皆無であった。
つまり、あれほどの数の魔物たちが、この外界に存在しているということになる。
魔物はどうして存在しているんだろうか。
ダンジョン産の魔物はわかる。【試練】のダンジョンプロジェクトの為に生み出されたのだから。
でも、外界に存在する魔物は、どこから来たのだろう。
以前に洞窟に住み着き、ナギを攫ったゴブリンを退治した時、洞窟の奥にはゴブリンの子供がいた。
しかも、その子供たちを大人なゴブリンが護ろうとしていたのだ。
これは、ゴブリンという魔物が立派なコミュニティーを作っていたことを証明している。
しかし、ゴブリンに男と女がいるのか?
正直、あの時、男女の区別はつかなかった。
いや、おそらく男だけだったと思う。
人族のような男女の特徴があるとは限らないが、それでも子を産み育てているとすれば、女のゴブリンが居るのが自然なのに、あの時は確認できなかった。
「……もしかして、雌雄同体? それとも女のゴブリンだけ見落としたのか……。そもそも、魔物と動物の違いってなんだ?」
この世界に来て、こういったことを真剣に考えたことはなかった。
色々とこの世界の常識に染まり、当たり前のように生活してきたが、やはりここは異世界なのだろうか。
今更ながらに、自分の置かれた状況を不思議に思う。
「――だからさぁ、ヒロ兄どうかしてるんじゃないの? まったく、さっきから上の空すぎ。」
「ほんと、せっかく美女に囲まれたハーレムパーティーだってのに。ヒロ兄、わかってるの? ハーレムよ! ハーレム!」
なんと少女からの明け透けなご指摘に、俺は苦笑いしかできない。
「――ちょっと、美女って、私も含まれてるの!? そんなことないってば!?」
「ハーレムって、僕もいるんですけど!?」
アメワが慌てて否定し、アリウムが自分を忘れるなと主張する。
ニールはというと……、我関せずとナミの頭の上で昼寝しているようだ。
「アリウム兄はうるさいから。空気ってことで我慢して。」
「そうそう。アメワ姉は密かに想いを寄せるポジションだから、まぁ、それでいいよ。」
「「――はぁ!? 何言ってんの!?」」
「いいからいいから、でも主役はウチ。この儚い『月下美人』のようなウチこそ、ヒロインに相応しいの。」
「はぁ!? 肌も髪も白いからって、自分のことを『月下美人』だなんて。ナギはせいぜい、『カスミソウ』ってとこでしょ? 脇役、脇役っ!」
「何ですって!? あんたこそ、そんな粗野で暴力的な立ち振る舞いしてて、ヒロインだなんてちゃんちゃらおかしいわ。ウチみたいに、少しはお淑やかにできないのかしら?』
徐々にヒートアップしていく口喧嘩。そんな二人が先程のような息のあった連携を見せるのだから、不思議なもんだ。
ところで、ヒロインって……。なんの話をしてるんだ?
「おいおい、いい加減にしろ。なんの話をしているのかよくわからないが、もう少し仲良くだな……。」
俺が最後までお小言を言い切る前に、ナギとナミの声が被せられる。
「だから、ヒロ兄の恋人ポジションはウチなんだってばっ!!」
「――ん!?」
なんだって?
俺の恋人ポジション?
いやいや、なんでそんなポジション争ってんの?
「――何言ってんの!? 俺はアラフォーのおっさんだぞ!? お前たちみたいな若い女の子がおっさんの恋人とか、犯罪だっての!?」
「アラフォーって、何よっ! 意味わかんない。」
「そそ、意味わかんないっ!」
「だから、俺はもうすぐ40歳……、いやこっちに来てからのことを考えたら、50歳なんだって。おっさんも、おっさん。お前たちのご両親よりも年上だっての!?」
俺は突然の展開に頭が真っ白になった。
どちらかといえば、この2人は俺の娘とか、妹みたいな感覚。ましてや、俺は――
「それに俺は……、俺は機械人形=ゴーレムだぞっ! 人ですら無いっ!!」
自分で言葉にしておいて愕然とする。
この世界のことを考えるきっかけこそが、今のこの状況になったこと。
『――機械人形よ……、機械人形として生きる事になったお前は、その身体が壊れない限り、生き続けなくてはならない運命を背負ったことになる。それを幸とするか、不幸とするかはお前次第だ――』
この鬼神王の言葉が耳から離れないのだ。
『身体が壊れない限り、生き続けなくてはならない』
この言葉は、逆に言えば、この機械人形の身体が壊れたら、死ぬことを意味する。いや、もしかしたら、壊れて動けなくなるだけで、魔力核に封印された魂だけは存在し続けなくてはならないのかもしれない。
俺の魂は、歳を取るのだろうか……。
俺の魂は、消滅するのだろうか……。
わからない。
誰もわからないのだ。
この世でただ一人――いや、ただ一体。
前例の無い存在。それが俺なのだ――
「――知らないっ!そんなの知らないよっ!」
「そうよ。ウチらにとって、ヒロ兄はヒロ兄なんだから、そんなこと関係ないんだってばっ!」
「いや、だって。姿だって、まんま中年のおっさんだぞ。お前たちが知る俺の姿は、アリウムだろ?」
「違う違うっ! だから姿形とか、機械人形だとか、関係ないんだってっ!」
「そりゃぁ、今のヒロ兄の姿になった時はびっくりしたけど……。」
「だろっ!? 好きだと言ってくれるのは嬉しいが、お前たちには、俺みたいな機械人形じゃなく、――ちゃんとお前たちを幸せにしてくれる相手が必ず現れるから――」
俺の言葉に、2人の少女は涙を流し始めた――
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