三日会わざれば刮目して見よ
三国志という歴史物語に、呂蒙という武将が登場する。
呂蒙は若い頃、無学で武略に長けただけの猪武者だった。当時の呉という国の有力者であった魯粛という人物から、字が読めないほど無学だったことを馬鹿にされ、勉強せず進歩が見られない人物として『呉下阿蒙』と評されるほどだった。
しかし、呂蒙はその後に勉学に励み、呉の軍権を握るまでに成長した。若い頃の呂蒙をいつまでも進歩せず、無学で進歩の遅い人物とあざけった魯粛は、呂蒙のそんな急成長した姿を見て自分の言を反省し、主君の孫権に軍権を任せるべきと推薦までしたという。
『士、別れて三日、刮目して見よ』。
人は別れて三日もすれば、大きく成長しているものだから、次の会う時には、注意深くよく見なければならない。
中年人形はまさに今、その意味を目の前で実感していた。
♢
「障壁を貼りますっ! 陣形を整えてっ!」
陣形は【鶴翼】。
扇の要の位置にいるアリウムは、敵を奥まで引き寄せて受け止めるのが役割だ。
アリウムがその強力な【アンチバリア】で先行するコボルトの突進を受け止める。
見えない壁にぶつかった3匹のコボルトが、不意の衝撃に昏倒した。
いくらコボルトが小型の魔物だといっても、3匹同時にぶつかった衝撃はかなりのものだ。しかし、アリウムは、その衝撃を涼しい顔で凌いでいる。
「バフをかけますっ!――【ストレングス】っ!」
右翼から飛び出したナミとナギにアメワが筋力増加の魔法を飛ばす。
淡い魔法の光を吸収し、一気に身体能力の上がったナミがコボルトの第二陣に殴りかかり、ナギは昏倒したコボルトの首を愛用のショートソードで素早く刎ね飛ばした。
「ナギっ! そっちいったよっ!」
「OK、ナミっ! 任せてっ!」
翼の先端を担う形のナミは飛びかかってきたコボルトを、その拳に嵌めた手甲で力任せに殴りつけ、その勢いを利用しながら回転し、コボルトに裏拳を叩きつけると、2匹のコボルトが吹き飛ばされた。
そしてナミの叫び声に反応したナギは、すり抜けてきたコボルトを左からショートソードを切り上げて顔面を切り裂いた。
「――すげぇな……、こりゃ負けてらんないなっ!」
左翼を担う形の俺は、水筒から飛び出した波の乙女=ウンディーネに命じる。
「ミズハっ! コボルトの顔に水球だっ!」
波の乙女は指示を受けるやいなや、残りの6匹のコボルトの頭を水球で覆う。
コボルトたちは顔に張り付いた水の膜で口を覆われ呼吸ができない。全速力で走るコボルトは、肺に酸素を取り込むために息を吐き出していた為、一瞬で酸欠に陥る。
もがき苦しむコボルトを無視して、右翼の二人の応援に向かおうとしたが、すでに対峙していたコボルトを倒し切っていた。
「二人とも凄いじゃないかっ! 動きも判断も見違えたよっ! アメワもいつの間にそんな強力な魔法を使えるようになったんだい? いやぁ、ほんと驚いた。」
一応、ここまでの道すがら、3人のスキルや戦い方など、一通り聞いてはいたが、聞くのと見るのではまるで違う。
アメワの唱えた【ストレングス】という筋力増強の魔法は、かけられた者の筋力を大幅に上げてくれる、所謂バフと呼ばれるもの。
攻撃力だけでなく、素早さまであげてくれる。
これは戦闘において、かなりのアドバンテージを与えてくれる。特に前線で活躍するアタッカーにとっては、そのメリットは計り知れない。
そのバフの恩恵を受けたとはいえ、ナミの体術は相当なものだった。
氷狼フェンリルの眷属になった影響で、今の彼女の身体は神獣族の力を秘めている。
【獣体術】のスキルだろうか、両手に嵌めた手甲の一撃はコボルトの頭を一撃で砕いていた。さらに、素早くしなやかな動きは、まさに神獣の眷属たる面目躍如。
俺の体捌きでは、おそらくついていけないだろう。ナミに強烈な一撃を貰わないように、言葉には気をつけよう……。
そしてもう一人。
カヒコのショートソードを受け継いだナギは、以前は素振りですら苦労していたのに、今は見事な剣捌きでコボルトの首を断ち切っていた。
彼女のスキル【血操】は使わず、身につけた剣術でしっかりと魔物と対峙できているあたり、彼女の冒険者として活躍する為に費やした努力が感じられる。
【血操】は、自らの血を操るスキルであり、吸血鬼王の眷属とはいえ、完全なる不死身の存在ではないナギにとっては諸刃の剣にもなりえる。
強力なスキルに頼らず、地道に積み上げた彼女の努力に敬意を評したい。
それにしても不思議なのは、道中喧嘩ばかりしているナミとナギが、魔物との戦闘になった途端に息ぴったりで連携していたこと。
お互い同じような境遇だし、年も近い。
ライバルのような関係だけど、お互いに理解し合っている良い関係なのだろう。
これからも、仲良く喧嘩してほしいね。
「び〜ぴっ。」
上空で攻撃のタイミングを伺っていたニールが、ナミの頭の上に戻ってきた。
自分の出番がまったくなかったことに、やや不満気だが、まぁ、楽に魔物を倒せたんだから、その辺は我慢してくれ。
それにしても、『士、別れて三日、刮目して見よ』とは、まさに彼女たちのことだな。
まだまだ子供だと思っていた彼女たちが、自分の知らないうちに成長していく様は、とても嬉しい気持ち半分、ちょっと寂しい。
前世の世界に残してきた娘も、こうやって成長してくれていればと、つい思ってしまう――
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