前提
「……あの時……俺が魔力核を吸い込んでしまった時の事か……。でも、ブリジットが鍛錬した魔力核は無垢。ウカ神の魔力は消えていたのではないですか?」
中年人形はあの時のことは自分の大失態だったと思っている。
持ち帰るつもりだったのに、身体に吸い込まれてしまい、結果的に持ち帰れたとはいえないのだから。
「ふふふっ、そうだね。確かに、ブリジットが作り上げた無垢の魔力核からは、すでにウカ様の魔力は失われていたんだろうね。でも、君の胸に吸い込まれた――いや、君の胸の中にある魔力核がブリジットの魔力核を引き寄せた――」
自分の解説に陶酔しているのか、森の女王はまるで舞台俳優のように、身振り手振りを交えて語り続ける。
「つまり、ウカ様の魔力がこもっているかは関係ない。魔力核同士が引き寄せあい、一つになろうとする力が働くということが大事なんだよ。」
いまいち理解できていないナギ、ナミ、ハルク、ギースは口を半開きにしたまま、会話に入れずにいる。
しかし、ライトとアメワは、森の女王の唱える理論を理解し、やろうとすることに納得がいったようだ。
「……なるほど……、封印の力と、魔力核が引き寄せ合う力、両方を使って封印用の機械人形にヒルコを封印しようというわけなのね――」
アメワの独り言に、ますます混乱をきたしたのか、ナギとナミが騒ぎ出した。
「ガァーっ!? だから一体なにが言いたいのよっ! 結局、ヒロ兄は危険じゃないのっ?」
「そうよ、アメワ姉、うちらにもわかるように話してよっ!?」
「まぁまぁ、二人とも落ちついて。森の女王が言っているのは、サクヤが鍛錬する魔力核だけじゃなく、ヒルコが取り込んでいる魔力核も使って、ヒルコを封印しようということなんだ。」
優しい笑顔を浮かべながら、ライトが二人に噛み砕いて説明する。
「もしそれが上手くできるならば、ヒロ君の魔力核は使わなくていい。つまり、ヒロ君が犠牲になる必要は無いということだね。」
『ヒロが犠牲にならない』という言葉にナギとナミの表情に笑顔が浮かぶ。この会話に加わらず、苦し気に俯いていたソーンにも。
「――魔力核には、お互いを引き寄せる引力がある、か……。ちと、不安もあるが……。まぁ、アエテルニタスが言うなら大丈夫だろ。」
「そうだな。まぁ、私はウカ様のプロジェクトの遂行の邪魔にならずにヒルコを封印できるなら、それで良い。」
「……ふむ。そうじゃの。まぁ、何はともあれ、火蜥蜴と一緒に無垢の魔力核を急いで作り上げんといかんの。」
森の女王の考えは、どうやらこの場の全員に受け入れられたようだ。
無垢の魔力核をつくり、その引き合う力を利用してヒルコを機械人形=ゴーレムに封印する。
なるほど、やる事はしっかり整理されたように感じる。しかし、中年人形にはその前提条件と、このプランが成功したあとのことが気に掛かっていた。
「……あのさ、みんな。」
やる事が決まり、進む方向は見えた。
みんなで同じ目標に向かって進もうとする時、ある種の興奮状態に入りかけたその時、その盛り上がりにストップをかけるように中年人形が話し始めた。
「ヒルコの封印する為の方法は、確かにこれでいけると思う。それで、ヒルコを封印した後、みんなはどうするつもりだい?」
使徒たちは、ウカ神とヒルコを助けたいと言っていたし、氷狼と吸血鬼王にすれば、【試練】のダンジョンの維持は絶対条件だろう。
しかし、機械人形に封印するということは、今のヒロと同じ存在――ヒルコが機械人形として生きるということになるのだ。
それこそが、森の女王の言う『ヒルコを助ける』ということなのだろうが、それは大前提としてヒルコが悪なる存在ではなく、仲間思いで優しい善なる存在でなければならない。
「……もし、ヒルコがみんなの思うような存在ではなかったら、機械人形に封印した後、どうするつもりなのか教えてほしい。」
ついさっき盛り上がりかけた雰囲気が一気に萎む。
「もし、ヒルコがみんなの話通りいい奴だったなら、機械人形となり、そのままダンジョン=ヘルツプロイベーレの管理者してとして生き続けてもらうことになるだろう。でも……。」
散々悪さをしてきているヒルコである。実際に被害を被ってきた中年人形たちが、無条件にヒルコを信じることができないということは、先に宣言した通りだ。
機械人形に封じこめて、「はい、大成功。これで一件落着っ! チャンチャン♫ 」では終われないのだ。
「……さっき俺は、会ってヒルコの善悪を見極めると言ったよね。もし、俺がヒルコを悪なる存在であると判断したら、封印したあと、みんなで力を合わせてヒルコを滅するということでいいか?」
中年人形の問いかけに、急に口が重くなった使徒たちの様子は苦悩に満ちている。
おそらくこの話についても、長い長い年月、使徒たちの間で考え続けてきたのだろう。
それでも結論が出ていない話に、『結論をだせ。結果を決めろ』というのは酷かもしれない。しかし、結末はハッピーエンドだけとは限らないのだ。
「……全ての関係者にとって、100%幸せな結果になるとは限らない。失敗するかもしれないし、成功したとしても誰かが傷つくかもしれない。それは、心かもしれないし、身体かもしれない。もしかしたらどちらも傷つくかもしれない……。」
――もちろん、俺自信が封印先になるしか解決にならないかもしれないし……
最後の言葉は口には出さなかった。
中年人形は、自分のことを心配してくれる仲間たちに、苦しい思いをさせたくなかったから。
手段は確保された。
あとは、どの結果に導くかなのだ。
選択肢は限られている。
しかし、やっでみないとわからない。
しっかりと問題を整理し、いざという時に迷わないように、中年人形は仲間たちに覚悟を求めた。
「みんな、俺に判断を任せてもらえるかい?――」
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