方針②
「お前は俺たちに仲間を殺せと言いたいのか――!?」
膨れ上がった怒気が氷狼の怒りの強さを感じさせた。
しかし、その怒気をもろともせずに、機械人形はつとめて明るく話し続ける。
「――まぁ、フェンリルさん、慌てず話を聞いてよ。フェンリルさんだって、ヒルコのやり方に納得なんてしていないだろ?」
顔の無い人形が怒る様子に、遠くはなれた自分の部屋でギリリと歯を鳴らす氷狼の姿が想像できた。しかし、その後に続く言葉を氷狼はなんとか飲み込む。
もう一人の顔無し人形=吸血鬼王がポンっと氷狼の肩を叩く。
腰を浮かせ、機械人形に向かって拳を振り上げそうだった氷狼は、ペタンと力無く胡座をかいて座った。
そんな顔無し人形の様子に、ホッと胸を撫で下ろした。そして、まるで動揺などしていないように装うために、機械人形は笑みを崩さず自分の話を続けた。
「たぶん、使徒のみんなにだって、ヒルコの本心がどうかなんて、たぶんそうだろって確信はあっても確かな確証はないだろ。だって、みんなはみんなであって、ヒルコではないから。」
当たり前の話だ。
ヒルコはヒルコであって、他の何者でもない。
しかし、だからと言ってヒルコのやっている事が、まるきり良い事だなんて認めようとは、機械人形にはまだ思えないのだ。だから――
「――だからさ、ヒルコの本体に直接会いに行けない使徒のみんなの代わりに、俺がヒルコに会いに行ってくる。会ってヒルコの本心を、そして善悪を見極めてきたいと思う。」
ヒルコの行動原理はなんなのだろう。
森の女王は、ヒルコがウカ神の魔力核を取り込み、ウカ神になろうとしたのではないかと話した。
それは、何故?
狐憑きが被る狐の面と巫女装束。
あきらかにウカ神の姿を模倣している。
ならば、ウカ神になって、ウカ神のやろうとした事を手伝おうとする方が自然の姿に思えるし、事実、確かに首都のダンジョンを管理している。
しかし、その一方ではまるで逆の事をやっている。
仲間であるはずの使徒たちを襲い、二つのダンジョンは壊滅させられているのだ。
他方で、気になるのは、使徒の仲間内でヒルコを自分たちの一番下に置いていた節があるということ。
自分の下にはまだ下がいるという弱い心は、誰しもが持つものだろう。
たとえそれが長命種の王だったり、それが使徒と呼ばれる者であったり、神と呼ばれる者だったとしても――
だが、自分の立ち位置を確保する為に、他人を下に置いて悦に浸るなんてことは絶対やるべきではないのだ。
前世、会社で理不尽な虐めを受けていた時、「虐められる側にも問題がある」と言った同僚がいた。
虐められた側が百歩譲ってみたとしても、その言葉はふざけているとしか言いようが無い。
虐められる側に問題があるのではない。
虐める側が問題を作り出しているのだ。
自分たちの中で勝手にルールを作り、そのルールを自分たちにとって気に食わない相手に対して勝手に適用して、理不尽にも勝手に裁く。
虐める側にとって、虐める為の免罪符を自作し、虐められる側に押し付けるのだ。
何かしらキッカケはあるかもしれない。
それがその本人に起因するものもあれば、他人に起因するものもあるだろう。
だが、それを理由にして人を貶めるなんて、あってはならないのだ。絶対に――
「もしかしたら、ヒルコは良い奴で、救いを求めているのかもしれない。その時は、なんとかしてヒルコを助けたいと思う――」
神々の歴史の問題を正すとか、今世の人々の幸せを守るとか、そんな大きな事ができるとまでは言えない。
「ただ、もしかして、ヒルコが本当に悪い奴で、救いようのない奴なら、その時は、なんとしてでもヒルコを倒す――」
考えを澱みなく述べた機械人形は、この話しを聞いた全員の反応を待った。
「――君が……、君なら、その判断を正しく下せるというのかい?」
真剣な眼差しで機械人形に問いかける森の女王。
他の使徒たちも、一斉に機械人形へと視線を集中させて、その問いの答えを待っている。
「絶対ではない。でも、俺がしっかりと見極めてくる。だから、どうかどちらの判断を下すかも含め、俺に任せてくれないか――?」
♢
♢
♢
来る日も来る日も……何度も何度も分裂しては、ダンジョンの中に自分の仲間を増やし続けている。
♢
本体ともいえる狐神は、まだ少女の面影を残し、巫女装束を精々しく纏っている。
その巫女装束の広がった両袖からは、分裂して増えた仲間が溢れ出しては、そこから離れていった。
数が増えれば増えるほど、だんだんと自分の意識が薄く引き延ばされていく。
(あぁ、家族よ……僕は君のために生きる。僕の家族……、僕が家族と一緒にいる為に……。僕の家族? あぁそうだね、狐神と仲間たちは僕の家族……。でも狐神とその仲間たちは、君を悲しませた……。)
意識が分散し、増えた仲間はそれぞれに考え、動き出す。
あるものはこの場にとどまり
あるものは魔物に取り憑く
あるものは激しく変化し
あるものは静かにそれを宥めた
(狐神とその仲間たちをもっと悪なる存在としなくてはならない。そうすれば君をもっと善なる存在として輝かせることができる。君のためなら僕は悪なる存在の中の最悪な存在を演じよう……。)
あるものは徘徊し
あるものは涙を流す
あるものは悪を演じ
あるものは友を愛した
(ウカ様と仲間たちは僕の理解者。だから、彼らを貶めることはできない。こんな僕を友と呼んでくれた仲間たちと、ウカ様が始めたプロジェクトを守らなくては……。)
混沌――増えれば増えるほどに、善なる混沌も悪なる混沌も混ざりあい、その渦は混じり合わない水と油のように、そこに一緒にあっても、決して歩み寄ることはなかった――
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