口論
冷たい目で中年人形を睨みつけるハイエルフの女王アエテルニタス。
いつもなら、ヘラヘラと笑いながら「冗談に決まってるだろ」なんて風に言ってくれる流れだが、今日、今、この時は、そんな雰囲気は微塵も無い。
「私が君に言った言葉は覚えているかい?」
そりゃあ覚えている。
今、俺たちはその目標の為に動き続けているのだから。
「あぁ、豊穣神ウカとその使徒ヒルコを助けて欲しい……だよな。」
「うん。私が君の身体としてその特別な機械人形=ゴーレムを提供した理由は、君ならその目的を果たしてくれるだろうという打算があるからさ。」
「それはわかってる。でも、それだって俺という魂がたまたまフリーで存在し、たまたま機械人形の核として利用できたからじゃないのか?」
「そうだね。確かにそうだ。だが――」
森の女王の瞳から、さらに熱が引いていく。
俺はそのあとに続くであろう彼女の言葉を先に口にした。
「だからと言って、あなたの……、いや使徒のみんなの目的を果たしてもらわなきゃ困る――って言うんだろ?」
「――ああ。」
「心配しなくてもいよ。俺たちの目標も同じだから。あの時……、この身体に魂を移してもらったあの時に、みんなで決めたことだから。」
「なら、どうするつもりなんだい? 今回かき集めた魔力核のカケラだけでは、到底ヒルコを封印することはできないと思うが? そうなれば、おそらくヒルコに取り込まれたウカ様を救う事もできない――。」
「大丈夫さ。ちゃんと覚悟はできているから。」
この俺の言葉に反応したのは、前にも激怒したソーンだ。
「――またっ! またあなたはそんな事を言ってるっ! 覚悟ってなに!? あなたが犠牲になって、ヒルコを封印して? ウカを助けるって? それで、あなたはどうなるのよ!?」
あの時と同じように、ソーンは今にも泣き出しそうな顔で訴えかける。
その悲壮な訴えに同調したのか、ナギとナミが参戦した。
「ちょっと、ソーン姉、それってどう言う意味?」
「ヒロ兄が犠牲になるってどういうこと!?」
普段は喧嘩ばかりしているのに、こういう時は何故か息ぴったりの2人。テーブルを叩くようにして同時に立ち上がった。
「――どういう事とは? 君たちにも話してあっただろう? 機械人形を提供する代わりに、私の望みを聞いてもらうと。」
あの時のやりとりを思い出したのか、2人はハッとして顔を見合わせる。
確かにあの時、森の女王は言っていた……。
「まったく、アエテルニタスよ。そんな言い方をするもんじゃ無いわい。お前だって、ヒロを犠牲にしない為にもう一体の機械人形を作ったのだろうが。」
剣呑な雰囲気な女性陣の間にドワーフ王が割って入る。
もう一体の機械人形。
鬼ヶ島にウカの魔力核があれば、その人形に取り付けてヒルコを封印するつもりだったのだろう。
しかし、今回見つかった魔力核のカケラでは、おそらく条件は満たせない。
「あの……、ヒロさんの機械人形に取り付けられている魔力核は、どこから持ってきたのですか?」
横から疑問を投げかけるアメワ。
森の女王の管理しているこのダンジョン=インビジブルシーラの魔力核がそれだと知らなければ当然の疑問だろう。
「それはな……、このダンジョンにあった魔力核なんじゃよ。」
口を噤んだまま喋らなくなった森の女王の代わりに、ドワーフ王が説明すると、アメワはすぐに2体の顔無し人形に問いかける。
「――なら、フェンリルさんかブラドさんのダンジョンの魔力核を使わせてもらえばいいのでは!?」
しかし、2体の顔無し人形は間髪入れずにその要求を拒んだ。
「それはお断りだ。俺はそこのアエテルニタスのように【試練】のダンジョンを放棄するようなことはしねえ。」
「そうだな。我々はウカ様の意思を継ぐ者。その意思とは、人々の欲を刺激し、【試練】のダンジョンを人々の目標として維持し続けることだ。」
「……そんな……。」
アメワは予想しなかった反応に絶句する。
使徒たちの望みを叶えるべく動いているというのに、顔無し人形たちは魔力核の提供にはまったく協力してくれない。
それどころか、それが、さも当たり前のことだと言わんばかりの態度に、アメワだけでなく、他のメンバーも開いた口が塞がらなかった。
「……無駄よ。私が簡単に魔力核を手にいれる方法を思いつかないと思う? こいつらは絶対にウカ様の魔力核を提供してくれることはないわ。」
怖いくらいの真顔のままで、森の女王が呟く。
絶世の美女の冷たい表情は、他の誰がその表情をするよりも恐ろしく見えた。
「こいつらはね。結局は停滞した考え方から抜け出せないのよ。ウカ様がせっかく未来への道を作り出してくれたのに、自分たちは全く変われていない。結局は一族の滅亡を防げなかったあの頃のまんま。同じことの繰り返し……。」
頭を抱えながら過去の自分たちの失敗を今も繰り返していると言って2人の顔無し人形を責める森の女王。
それに対して、顔無し人形たちは、表情が無いことも相まってとても無機質に応える。
「なんとでも言え。俺たちは、ウカ様の意思を継ぐ者。」
「そうだ。我らは今世に希望を準備する義務を負っているのだ。」
2人の言葉はこの場に静寂を作り出した。
おそらく、長い長い歴史の中で、何度も繰り返されたやり取りなのだろう。
使徒たちも、チーム【アリウム】の面々も、何も言葉を発せないまま、下を向いたままの時間が過ぎていく。
「――あのさ、だから大丈夫。俺だってなんの考えもなく話しているわけじゃないんだ。ソーンさんも少し落ち着いて俺の話を聞いてくれるかい?」
まだ泣きそうな顔で怒っているソーン。
機械人形は、今後の方針と考えをゆっくりと話し始めた――
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