継承
「……そうか……。師匠が死んだか……。」
チーム【アリウム】と悪なる神の使徒、そして精霊たちが森の女王の部屋に集結し、思い思いに腰を落ち着けたところを見計らい、俺は一番最初に鬼神王ギル=冒険者ギルドのグランドマスターの死について話を切り出した。
すでにその事を知る森の女王とドワーフ王は静かに目を瞑り、その場に居合わせたソーンとアリウム、ニールは苦しげに下を向いている。
「……ギルめ……。まったく、いつも真っ先に突っ込んで行きやがる……。猪かよ……。」
「……うむ……。まさに、いつでも先陣を切る、勇敢な戦士であった……。しかし、身体を張ってみんなを助けたのであろう? しっかりと後人も育てた。彼奴はやり切ったのであろうよ。」
表情の無い機械人形が喋る様子は、なんとも滑稽で、暗い話をしているのにも関わらず、その雰囲気を緩める。しかし、友が育てあげ、意思を継ぐであろう弟子に向け、その覚悟を問うかよのように眼差しを送っていた。
「……あのおっかねぇ師匠が死ぬとはな。てっきり不死身の赤鬼なんだと思っていたが……。そうか……、死んじまったのか……。」
ハルクもその雰囲気に乗ろうとしたのか、引き攣った笑顔で悪態をつく。
しかし、無理矢理作った笑顔はすぐに歪み、自分では気づかないのか、苦しげな笑顔のままに涙を流していた。
「ごめんな、ハルク。俺の立ち回りが悪かったばかりに、グラマスを犠牲にしてしまった……。」
チームのリーダーとして、俺は足りないものだらけだ。あの時も、借り物の力だというのに、自分自身が強くなったような気がして、行け行けで突っ走ってしまった。
もっと慎重に、もっと周りを見て、冷静に立ち回らなくてはならなかったのに。
「いや……、あの鬼師匠のことだ。今頃、あの世で笑ってるだろ……。何を一人で落ち込んでおる! 落ち込む暇があったら、未来の事を考えろっ!てな。」
泣き笑い――無理矢理に笑ったハルクは、まさに鬼神王の言葉を口にした。
『――自分の力を過信せず、常に未来を考えろ。失敗を失敗で終わらせず、成長し続けろ。昔の我々のような失敗をするんじゃないぞ……。』
鬼神王が俺に向けて言った言葉。
それをしっかり引き継いでいるこの男は、やはり鬼神王の弟子なのだ。
あんなにも師匠を怖がり、目指すものを失ったショックで飲んだくれていたのに。
そういえば、師匠の方も、バカ弟子と言いながらも、いつも気にかけていたっけ。
結局は、良い師弟関係だったのだろう。
「そうだな。未来の事を考えよう……。ハルク、グラマスの幅広剣を鬼ヶ島の頂上に突き立ててきた。俺たちでは運ぼうにもちょっと重過ぎたんだ。だから、お前は鬼ヶ島にグラマスの剣を取りに行け。そして、お前が引き継いでくれ。」
ハルクの表情は真剣なものに変わった。
そして無言で頷くと、両の拳を強く握った。
「ソーンさん、ハルクを案内してあげてもらえますか? そしてもう一度グラマスを弔ってあげてください。」
一瞬、逡巡しながらも、ソーンは中年人形の頼みを受け入れた。
「ならば、私もその旅に同行しよう。魔物大群のこともある。二人だけでは危険でしょう。」
ギースが手を挙げてハルクの旅に同行を申し出る。仲の良い同士なら、師匠を亡くしたハルクの心も支えてくれるだろう。
「僕も同行してもいいかな? 鬼ヶ島という史跡をぜひこの目で調べてみたい。」
ライトは歴史学者である。この場においても、その興味を抑えることはできないのだろう。
まぁ、このベテラン冒険者たちなら、まさかの事態でもしっかりと対処してくれるだろう。
「それじゃあ、4人は鬼ヶ島に行った後、首都の冒険者ギルドへ行ってもらえるかな。ヒルダさんには、ハルクから伝えてくれ。」
「……わかった。今はヒルダさんがギルドを動かしているんだよな。ヒルダさん……、怒るだろうな……。」
グラマスを送り出す時、彼女もまさかこんなことになるとは思わなかっただろう。
冒険者ギルドの運営についても、組織のトップが変わることになる。きっとしばらくは落ち着かない日々になるのだろう。
「そうかもな。ハルク。しっかりとヒルダさんを支えてやってくれ。みんなも、しばらくは首都でヒルダさんの手伝いをよろしくな。」
チームの大人組である彼らなら、きっとヒルダさんの支えになってくれるだろう。そういう意味でも、この4人で行動してもらうのは正解だと思えた。
♢
「――さて、次の議題だね。」
森の女王の態度が、少しあっさりとしすぎな気もするが、元来そういう性格だと言われればそうなのだろう。
それに話し合わなくてはならないことは、他にもあるのだ。未来に向けて進む為にも、今は森の女王の切り替えの速さには乗っておこう。
「ヒロ君。鬼ヶ島で集まったウカ様の魔力核のカケラの量は少ない。このままだと、ヒルコを封印することはできないと思う。」
「はい。ハニヤスが取り込んだ元山ノ神コダマの記憶によると、おそらく鬼ヶ島に大量発生していたトレントたちが魔力核を取り込んでしまい、極小の魔力核が消滅したのかと思われます。」
「うん……そうなんだろうね。集まった魔力核のカケラはサクヤ君の力で最鍛錬できそうかい?」
「それなら大丈夫。あたしがしっかりと繋ぎ合わせて再鍛錬してみせるわ。ただ……。」
「ただ、なんだい?」
「うん、ただね。かなりの時間が必要になると思うの。大量の魔力も必要だと思うから、ご主人様がいないと辛いかも……。」
「ふむ、魔力に関しては我々使徒がなんとかしよう。鍛錬の手伝いに関しても、ダンキルがサポートしてくれる。ヒロ君には色々と働いてもらわないといけないからね。しかし――」
それまで飄々と話を進めていた森の女王の表情は冷たい影を帯び、口調がキツくなる。
「魔力核が想定の大きさまでにならない場合、ヒルコの封印用に作ったもう一体の機械人形=ゴーレムは使えない。そうなると、ヒルコの封印には、ヒロ君。君の身体と魔力核を使ってもらわなくてはならなくなるね。」
部屋の温度が急激に下がった――
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