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鬼ヶ島


 元川の神と精霊。

 2人は鬼神王の角を挟んで古井戸の前で向き合っている。

 その2人の側面に立ち、ソーンは自らの魔力を練り込み、胸の前で組んだ手に集中させている

 

 蛇の表情は予期わからないが、静かに流れる時間が元川の神の穏やかな心情を表しているように思えた。



「……では、やってみましょうか。」


 ソーンは彼女の持つ才能【シール】の力を解放し、スキル【封印】を発動した。

 元川の神は鬼神王の角に軽く口付けすると、そのままその身に内在する力を流し込む。

 

 鬼神王の角は、元川の神の力が流れ込むと、その量が増えるにつれて、青い光を放ち始めた。

 その光は明滅しながら徐々に強くなり、とうとう青白い光は光を放ったまま安定する。


「封印しますっ!」


 元川の神が頷いた刹那、ソーンは光を放ち続ける鬼神王の角に両手をかざした。

 


 かざした両手で角を包み込む。

 機械人形にヒロを封じた経験で、ソーンにとってこのスキルのレベルも熟練度も格段に上がっている。

 優しく包むように、そっと居場所を与えてあげる。

 悪霊を祓う時の暴力的な力とは正反対に、その封印する対象への慈愛に満ちた力の方向性。



――封印!!



 ソーンの力で押さえつけられているというのに、鬼神王の角に封じこめられた元川の神=蛇精霊ナーガの力はなんの反発もする事なく、徐々に熱を覚ますように光を小さくしていく。


 そして、角が光を放つことを辞めた時、ソーンは優しく包んでいた両手を角から離した。


「……上手くできたと思う……。」


 半神半精霊――神として扱われた力の持ち主を、全ての力では無いにしろ、封印する作業というものは相当な精神力、そして魔力を使ったのだろう。

 膝をついたソーンの顔色は青白く、生気を失っている。

 

《 ありがとうのぉ、変わり者の聖職者よ。我はお主の信奉する神とは違うというのに、お主は我を慈しみの力で包み込んでくれた。感謝する。》


 奇しくも封じられた先である角の持ち主であった鬼神王と同じ呼び方をする。

 ソーンは、震える膝を無理やり伸ばして立ち上がる。そして、静かにナーガの残光たる蛇の身体に向かって頭を下げた。



《 では、波の乙女よ。我の残滓を取り込んで、完全にこの古井戸の封印から解放してくれ。》


 そう言うとナーガは目を閉じる。

 波の乙女は一瞬悲しげな表情を見せたが、その身体を水に変え、ナーガの身体を包み込む。


《――機械人形よっ! では、これからの冒険、楽しみにさせてもらうぞっ! よろしくのっ!》


 

 最後まで蛇の表情はわからなかったが、おそらくにっこりと笑っていたのだと思う。


 ブリジットの時と同じ――一人孤独に誰も訪れる事のない古井戸の中、それでも自分の愛する(オヌ)族の幸せを願い続けていたナーガ。

 どれほど強い精神の持ち主であっても、孤独による寂しさには抗えない。

 たとえ神と呼ばれる存在であったとしてもだ。

 古井戸からの解放が、ナーガにとっての幸せにつながるよう願うばかりだ。



《 あっ!? そうじゃ?? お主ら、我が完全に消えたら、さっさとこの部屋から逃げよ! すぐに階段を登って上の階に上がるのじゃぞっ! わかったな――》


 波の乙女の中に溶け込みながら、最後によくわからないことを言いながらナーガは消えていった。

 


「――ミズハ、どうだ?」


《 ご主人様、お気遣いありがとうございます。今までと比べものにならないくらい、絶好調ですよ。それより――》


 波の乙女はにっこりと笑いながら俺の問いに答えてくれた。蛇の身では作れなかった喜怒哀楽の表現も、これからは、波の乙女がナーガの分までしっかりと表現してくれることだろう。



 ナーガを取り込んだ波の乙女ミズハ。

 姿こそあまり変化はないが、小人の身体ながら美しさがますます際立ったように見える。

 おそらくその内在する魔力も跳ね上がり、サクヤやハニヤスと同じように、拠り所無しでも顕現することができるだろう。



《 ――早く階段に行った方が良さそうですね。急がないと、飲み込まれます――》



 飲み込まれる?

 俺はアリウムと顔を見合わせた。

 ソーンはまだ魔力を回復しきれていないのか、フラフラしている。


 何が起こるというのか。

 3人とも全く予想がつかず、動きを止めている。



 すると突然、古井戸の底から何か音が鳴り始めた――



 ゴボッ、ゴボゴボッ――



 ゴボゴボッ、シュシュッ! シュシューーーッ!




 一瞬、音が止まった――と思った刹那、古井戸から大量の水が吹き出しはじめた。


《――アリウム様っ! 【アンチバリア】をっ! 急いでっ!》


 冗舌に喋るミズハの叫び声に、慌てて障壁を張るアリウム。

 まだふらつくソーンを機械人形が抱き上げ、アリウムが精霊たちをまとめて抱き抱えた。

 ニールはその小さな翼で飛び回りながら、みんなを先導している。


 足元に流れ込んだ水を掻き分け、階段へと急ぐが、水流が生み出す力は強力で、いつもの如く、障壁を支えるアリウムから悲鳴が上がる。


「――やばいですって!? 水圧凄すぎます!? 早く階段登って!?」


 抱えていた精霊たちを階段に降ろし、全員が階段を登り切るまで障壁を必死に維持するアリウム。


 しかし、そんなアリウムの苦労など関係なく、古井戸からは物凄い勢いで水が吹き出している。

 噴水のような生優しいものではない。

 溢れる水はうねりを生み、まるで小さな海が生まれたかのように、あっという間に一面を水で満たしていった――



           ♢



 なんとか階段を登り、一息ついた俺たちは、しばらくの間、呆然と水の流れを眺めていた。

 俺に抱えられたままのソーンは、魔力がなかなか回復しないのか、それとも水の流れが怖いのか、顔を俺の胸に埋めたまま、俺にしがみついている。



《 鬼ヶ島の水源として、混々と湧き出す水を司っていたのがナーガだったそうです。だけどナーガが封印された時、鬼ヶ島の水源であったこの古井戸も一緒に封印されてしまった。本来、この豊富な水の恵みが、この鬼ヶ島を守っていた。》


 波の乙女が、ナーガの記憶を俺たちに教えてくれる。


《 川の神を封じ、山の神を封じたことで、この鬼ヶ島は自然の恵みのない岩山へと変わってしまった。本来、この鬼ヶ島は……いえ、(オヌ)ヶ島は、豊富な水に囲まれ、緑豊かな山だった――》


  

 大量に流れ出した水は鬼ヶ島を囲む空堀を満たし、まるで小さな湖のように景色を変えた。

 ここ来るときに歩いた道が、まるで鬼ヶ島と大地を繋ぐ橋のようになっている。


「そうか……これが鬼ヶ島……いや、(オヌ)ヶ島の本来の姿なんだね。島と呼ばれていた意味がやっとわかったよ――」


 俺は、来た時とまるで違う景色を観ながら、滅びてしまった鬼神族と、その無念を背負って生き続けていた鬼神王ギルの生涯について、思いを馳せていた――

少し長くなりましたが、これにて第7章は終了です。ぜひ、感想などお聞かせいただければ嬉しいです。いいねボタンもすごく励みになりますので、よろしくお願いします。

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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