進取果敢な聖職者、叫ぶ
「――だからなんでっ!? なんであなたは自分を犠牲にしようとするのよっ!?」
それまでは唇をグッと一文字に結んで話を聞いていたソーンだが、中年人形からのあまりに自分勝手な宣言に堪えきれずに口を開いた。
「私はっ! いえ、私たちはあなたを犠牲にすることは容認できないわっ! ねえアリウム君。」
急に話を振られたアリウムは、ソーンの剣幕に一瞬怯みながらも、一度息を深く吐き出し心を落ちつけてから、ソーンの言葉を肯定した。
「……そうですよ、ヒロさん。僕たちは、ヒロさんを犠牲にするようなことは容認できません。もし、それしかヒルコを封印する術がないのだとすれば、無理をしてまでヒルコを封印することはないと思います。」
ハッキリと自分の意見を言い切る白髪の少年は、以前までのような自信無さげに俯く姿はどこにもない。
「――それよ! アリウム君が言った通りだわっ! 無理に封印しないで、ヒルコを倒す算段を考えましょうよ。そうよ、そうすればあなたが犠牲になる必要なんてないわっ!」
いつもはこんなにも声を荒げたりはしない。
でも、進取の聖職者は、その本懐たるべき太陽神への信奉を投げ捨てたとしても、この中年の男の姿をした機械人形=ゴーレムの宣言を受け入れることはできない。
自分はこの気持ちを説明できる言葉を持たないが、それでも必死に言葉を紡ぐのは、どうあっても彼の決意を変えさせなければ、今までにこの身に降りかかった後悔以上の後悔から逃れられなくなると確信できるのだ。
――だって、その後悔の深みから救ってくれたあなたが居なくなったら、それ以上の後悔から救ってくれる人なんて居ないじゃない――
とてもじゃないが、説明にならない説明で自分を納得させる。こんな意味のわからない説明では、目の前の機械人形を納得させることはでやしないだろうけど……。
それでも――
「――絶対にあなたを犠牲にして事を成すことは認めないっ! 他のみんなに話しても、絶対に私と同じ事を言うはず。森の女王がそれを許さないと言うのなら、私たちが女王を説得するわっ!」
進取の聖職者は、頑愚な考えを捨て去り、仕える教会の教えに疑問を抱くようになってから、次々に新しい価値観をその身に受け入れてきた。
だが、これだけは……、彼の身を犠牲にするような考え、いや、彼の私たちを捨てるような考えを受け入れることはしない。
「だから、これからの事はみんなで考えましょう! ヒロ君、あなたの勝手は許しませんっ! わかった!?」
「…………。」
ソーンの普段とは違う苛烈な宣言は、中年の姿をした機械人形に反論を許さず、この話を止めさせたのだった。
♢
俺たちは、この探索に参加したメンバー全員で、蛇神ナーガの待つ古井戸へと戻って来た。
《 おぉ、やっと来たか。待ちかねたぞ。》
古井戸の縁に身体を預けていたナーガは、俺たちが来たことに気づくと、その首だけを持ち上げて笑い出す。
《 ほれ、この通り、首を長くして待っておったわ。ウヒャヒャヒャヒャ。》
「「 ………… 」」
「……ちょっと……、あれ、ほんとに川の神なの?」
なんとも言えない神様ジョークを聞き流せず、メンバー全員から乾いた笑いが漏れる。
ソーンの小声の訴えに、俺は苦笑いのまま頷いた。
しかし、そんなことなど意に介さずに、ナーガは話を続ける。
《 ……ところでの……。我の頼んだ件はどうだったかの……。》
「はい。大丈夫ですよ。ちゃんと見つけて来ましたよ。」
ナーガの願い――それは、共にこの鬼ヶ島を守り続けた山の神コダマを一緒に連れて行くこと。
ナーガから、俺たちが倒した巨木トレントは、元々は山ノ神コダマ。
コダマが何らかの影響によって、自我を無くし、あのように鬼ヶ島を徘徊するトレントたちの王となってしまったのだと聞かされ、力を使い果たしたであろうコダマをなんとか一緒に冒険へ連れていきたいいうものであった。
機械人形が差し出したのは、小さな若木。
先の戦闘で、機械人形とその仲間たちはトレントを燃やし尽くした。
その為、一面焼け野原のようななっていたのだが、【小天守】があった場所に、ナーガに教えられた通りに小さな社を発見した。その中に辛うじて残る若木を見つけたのだ。
その若木は、歯を二枚だけ残し、今にも枯れそうな姿でその場に植っていた。
今にも枯れそうなその若木を、その場の土ごと掘り出し、古井戸で待つナーガの元へ連れて来たのだ。
《 ……なんとまぁ、情けない姿になったものよ。コダマよ、お主も一緒に行こう。此奴らが、我らを冒険へと誘ってくれるそうだ。》
そう言うと、ナーガは若木に自ら生み出した水を優しくかける。それは、優しい雨のように若木に染み込み、萎れかけていた2枚の葉が僅かにその正気を取り戻したように見える。
《 此奴……コダマはほとんど力を使い果たしている。このまま連れて行っても、いずれ枯れ果ててしまうだろう。だから、そこの土小鬼よ。コダマはお主がとりこめ。すでに上位の精霊となっておるし、同じ土の属性同士だ。必ずお主らの力をになるだろう。》
そう言うと、ハニヤスを呼び、若木を取り込ませる。大きく口を開いたハニヤスは、小さな若木を一飲みにすると、三角帽子から二枚の葉っぱが飛び出した。
力を使い果たしたとはいえ、半神半精霊にまで上り詰めた山の神を取り込んだことで、ハニヤスはますます力をつけたのだろう。
身体ね大きさこそ変わらないが、その精霊としての格は、明らかに高くなったように感じる。
《 さて、あとは我だな。封印の力を持つ者よ。頼んだぞ。波の乙女よ、これからよろしく頼むぞ。》
ナーガと波の乙女、そして鬼神王の角を並べて、その前にソーンが立つ。
やり方はブリジットから説明されたが、ソーンは上手くできるのだろうか。
今この時、古井戸の周りはピンと張り詰めた緊張感の中、その時を待っていた――
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