中年人形、考えを告げる
「……みんなはヒルコがやっている事は完全なる悪だと思うかい?」
みんなの思考が一方向に集中してしまっているのを感じた俺は、少し目線を変える話を切り出した。
「なんか不思議だと思わないか? だってさ、ヒルコって悪なる神の使徒の中でも筆頭みたいな位置付けだろ? 【試練】のダンジョンの中心地、首都のダンジョンを任され、他の使徒たちに話を聞けば、ウカのプロジェクトを一生懸命に手伝っている――」
それなのに、他の使徒を攻撃し、あまつさえドワーフ王と鬼神王のダンジョンを壊滅させて、ウカを封印した魔力核を破壊している。
さらに、その攻撃の手は一番仲の良かったはずの森の女王のダンジョンにも及んでおり、ドワーフ王、鬼神王の助力があって辛うじて退けてはいるが、甚大な被害を出したわけだ。
俺がこの世界に来てからも、吸血鬼王は瀕死の状態にまで追い詰められているし、古竜王は、その写し身ともいえる古竜の卵を強奪されて悪用されそうになった。先日のリンカータウンへの魔物の大群などは、先述した老王たちのダンジョン強襲の時と同じ手法だったと思われるのだ。
「これほどの酷い裏切りと、命を脅かされる仕打ちを受けているというのに、森の女王はヒルコを助けたいと言うんだよ。自分も攻撃されているというのにだよ?――」
森の女王の不思議な懇願に対して、ドワーフ王も鬼神王も反対しなかったところをみると、その2人の老王もヒルコを助けたいと思っていると考えられる。
それに対して、古竜王についてはよくわからないが、吸血鬼王と神獣王はあきらかにヒルコと敵対しているように見える。なのに、お互いのダンジョンを行き来できない制約があるにしろ、反転攻勢に出ることはしないのだ。
「もしかしたらさ、ブラドさんもフェンリルさんも、内心ではヒルコを助けたいと思っているんじゃないかな?」
散々文句は言っていたが、ヒルコを滅ぼそうとはしない。使徒の制約から解放され、冒険者ギルドを立ち上げた鬼神王ギルも、グランドマスターとして首都に居ながら、ヒルコに攻撃を仕掛けてすらいないのだ。
「ウカのプロジェクトを真摯に守り続けていたといえるかもしれない。でも、そのプロジェクトを辞めさせようと動いているヒルコの蛮行を受け身として対処するばかりで、その根源であるはずのヒルコを排除しようとはしてこなかったんだ―」
それは、ヒルコを倒す算段がつかなかっただけなのかもしれない。
だが、ひたすらヒルコからの攻撃に耐え続けるだけでは、問題が解決しないことは明らかであり、実際、氷狼は俺たちを助け、ヒルコの分身体とも言える狐憑きたちを撃退させている。
「俺さ、考えたんだけど、ヒルコって奴はカオススライムなんだろ? いくらでも分裂できて数を増やしてして、その分身体が才能が開花していない子供たちに取り憑いて狐憑きになるわけだろ?」
実際、ナミとナギがその被害にあって、狐憑き化を防ぐために、それぞれ氷狼と吸血鬼王の眷属にならなくてはならなくなった。
「……でもさ。狐の仮面てさ、明らかに狐神ウカのイメージを模しているよな?」
今まで出会った狐憑きは、みな狐の仮面を被り、巫女姿で現れている。それは何故だろうか。
ヒルコは変身が得意で、ウカの姿にもなれるはずだ。だというのに、態々、ウカを模した仮面を被り、さらにウカのやろうとしていた事の邪魔をしようとしている。
邪魔する対象だって、ヒルコ自身が使徒として懸命に手伝い、完成させたプロジェクトだというのにも関わらず、その作り上げたプロジェクトを壊そうとしているのだ。
「やってることがさ。支離滅裂だよ。一貫していないんだよ――」
そう、一貫していないのだ。
葛藤とか、そんな言葉では表現できない。
あまりに180度、考え方が違う。
まるで複数の意思が存在するかのように……。
「何というかさ……、ヒルコの中に様々なジレンマが存在し、何を望んでいるのか、何が正解なのか、混沌として訳がわからなくなっているというのか……。」
正直なところ、俺にはハッキリとした答えがあるわけでは無いのだ。
だいたいにして、神とか、使徒とか、いつの間にか平然と受け入れできたけど、元々の俺は宗教とはほぼ無縁。下手をすれば、哲学の一種であるとまで考えていたほどなのだ。
それなのに、この世界に来てから、どっぷりと神々の諍いの歴史の中に巻き込まれている……。
「……だいたい、神って何さ? こんなにもたくさん神がいるって、どういうことなの? ほんと、神ってなんなのだろう……。」
話が取り止めのない方向へ進んでしまった。
仲間たちにこれからの方針を伝える為の場なのだ。
しっかりと俺の考えを伝えて、俺と一緒に冒険してくれるかを確認しなくてはならない。
「ごめん、俺自身もハッキリと答えとかがあるわけじゃないんだ。でも、今、俺はヒルコをなんとかして封印してあげなくてはならないと思っているんだ。」
封印してあげる――
ウカのプロジェクトを護りたいからだけではない。
ヒルコのことを助ける意味で、封印してあげたいのだ。
「俺は、ヒルコをどうにかして封印してあげて、そしてヒルコが何を考え、何をしようとしているのかを理解したいと思っているんだ。」
ウカの想いを守り通したいし、使徒たちの使命も果たしてあげたい。
使徒たちが助けたいと思っているのなら、ヒルコを助けてあげたい。
ナミやナギの人生のレールを元に戻してあげたいし、ソーンさんやライトさん、アメワの目標を手伝いたい。
ハルク、ギース、ニール、ビルダの将来を支えてあげたい。
俺は欲張りなのだろうか。
でも、みんなの幸せの道を作り出すには、今世のあり方を護って、ヒルコを封印することが一番にやらないといけないことなんじゃないか。そう思えるのだ。
「――だからね、俺は俺のこの身を使ってでも、ヒルコを封印しようと思う。」
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