中年人形、考える
「……ソーンさん……」
俺は涙を浮かべて歯を喰いしばるソーンの前にどかっと胡座をかいて座った。
「……ありがとうソーンさん。ありがとうみんな。」
手招きし、俺の周りに集まるようにみんなを促すと、いかにも悔しさを我慢しているアリウムが俺の右隣に、そして表情はわからないが、声を上げないでいるニールが俺の左隣に腰を落とす。
最近は賑やかな精霊たちも、やや遠慮がちに集まった俺たち3人を見つめていたが、彼らにも話をしっかりと聞いてもらう為、5人の小人たちを招き寄せて膝の上に抱えた。
「……みんな、俺の事心配してくれてありがとう。なんか、俺以上に俺の事を考えてくれていて……。俺はそんなみんなに対してどうやったら恩を返せるんだろうな……。」
「――恩って!? それは私たち――」
俺の言葉にすぐさま反論しようとするソーンを右手で制し、左手の人差し指を唇に当てる。
――今は俺の話を聞いてほしい
無言で微笑む俺を睨みつけるようにしながら言葉を飲み込むソーン。なんとかこの場は、俺の話をしっかり聞くことを承知してくれたようだ。
「……ごめんねソーンさん。ごめんみんな。ちょっと、この場は俺の話を黙って聞いてほしい。本当は、ライトさんも、ナミもナギも、ハルクとギースにも聞いてもらわなきゃいけないんだけど……。」
俺は一拍、短く息を吐き出す。
気持ちを落ち着け、改めて自分の立ち位置とこれからの事を整理し、自分の考えを話すことにした。
「この数年色んな事があったよな。そして色んな事を知った。」
俺は、この世界に飛ばされた。
所謂、転移というものとも少し違う気がする。
俺の記憶を整理してみると、明らかに俺は前世での交通事故で死んだ。そして、アリウムの心の中に共存する形でこの世界に紛れ込んだのだ。
という事は転生ということになるのだろうか。
だが、身体はアリウムの物であり、アリウム自身の心=魂といえば良いか、それはしっかりと存在している。
その事は、俺が馬鹿みたいな大失敗の時、仲間のみんなに【魂移し】をして救ってもらった事で、仲間たちにも俺という魂の本質が中年のおっさんであったという事も認知された。
俺は、魂だけがこの世界に飛ばされ、たまたま2つの魂を許容することのできたアリウムという身体に紛れ込んだ。
そして、たまたま本来の身体の持ち主であるアリウムが、当時の虐められ続けた人生に絶望してしまい、自分自身の【アンチの殻】の中に閉じこもってしまった事で、彼の代わりに俺がヒロとして活動することになったのだ。
魂を2つ持つ存在――
長い年月を生きてきたハイエルフである、森の女王アエテルニタスも初めて目の当たりにした現象だと言っていた。
まぁ、こんな事、そうそうあるとは思えないし、あったとして、それを確かめる事などなかなかできるものではないだろうが。
とにかく、この世界で様々な経験をしながら、今は機械人形=ゴーレムの中に俺の魂は封印されている。
ここで改めて思い知らされるのが、俺の周りに集まった仲間たちの才能についてである。
俺に与えられた【エンパシー(共感、同情)】、【ダブル(2重、2倍)】、【ムービング(移動、動かす)】という才能と、アリウムに与えられた【アンチ(反対、拒絶 対抗)】、【ダブル】という才能が上手く噛み合ったからこそ、共存できたのだと思えるし、また、ソーンの持つ【シール(封印封魔)】や、ライトとアメワの持つ【魔力操作】というスキルと、ナミとナギに計らずも上書きされていた【パペット(糸操り)】という才能が作用しあい、さらにハルク、ギース、ニール、ヒルダが居てくれたおかげで、俺は今、機械人形として存在できているわけだ。
なんという因果なのか。
俺の周りに集まった仲間たち。
その身に宿った特異な才能が、絶妙に働き合い、今の俺がある。
勿論、人では無い物になってしまったという事に、複雑な感情を持たないわけではないが、でも、こうやって俺という魂が不思議な因果の結びつきによって存在し、何かに向かって動き続けているのは、奇跡と呼べるのではないだろうか。
「ところでさ。今、俺たちはヒルコを封印しようとしているわけだろ? それは何故?――」
俺たちは、冒険者として活動する中、狐憑きの仮面による使徒襲撃という、歴史の裏側の部分に関わってしまった。
そして、氷狼フェンリル、吸血鬼王ブラドとの邂逅を果たす。
彼らから聞かされた歴史の裏側は、悪なる神と呼ばれ、恐怖の対象とされてきたウカ神が、太陽神テラの失策を埋めるべく、月神ヨミと共に尽力した優しい女神であったというもの。
太陽神に仕える聖職者ソーンですら、その信仰を悩んだほどの神々の対立の歴史。
勝ち負けを無理矢理つけるならば、悪なる神と呼ばれるようになり、その身を分割されてダンジョンに封印された狐神ウカの負け。
しかし、女神に仕えた使徒たちが守り続ける【試練】のダンジョンの成り行きを聴けば、世界の衰退を止め、新しい仕組みを作り上げた狐神ウカの果たした功績は、まさに勝者に相応しい。
ならば、ウカの考えを理解し、永遠この仕組みを守り続けることこそ、ウカの使徒たちであるはず。 であるはずなのだが、その使徒の一人であるはずの混沌王ヒルコが、なぜかその仕組みを壊そうと動いている。
氷狼や吸血鬼王は、そんなヒルコを敵とみなして戦いを続けてきているし、ヒルコも他の使徒たちに直接攻撃を仕掛けてきてもいる。
だが、森の女王は、そんな使徒と敵対しているヒルコを助けてほしいと言う。
「――この温度差はなんだと思う?」
俺はその時その時、やらなくてはならないと判断した事を、やり続けてきたとは思っている。
しかし、何故、俺はこの不思議な歴史の裏側にあるべき事象に関わりつづけつているのだろうか。
「――不思議だよな。なんでおれは、いや俺たちはこうやって危険な冒険を続けてきているのか。しかも、それはあくまでも歴史の裏側であり、世間から賞賛されるような表立った功績は少ないのに……。」
そう、流れに飲まれ、流されるままにこの道を進んでいるが、それはどうしてなんだろう。
仲間を危険に晒してまでこの道を進むことが良いのか……。改めて俺は考え、みんなに問いかける――
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