新しい拠り所
《――ヒロよ、鬼神王の角を出せ。》
ブリジットの話では、ナーガのような半神半精霊にまで上り詰めた存在の拠り所にできる程の素材は、ブリジットを移し入れた紅い魔晶クラスが必要なのだという。
《 鬼神族はな、魔法が使えない代わりに魔力を肉体強化に特化して使っている。魔力総量自体はそこらの種族よりも多いのじゃ。》
外には放出できないが、魔力を体内で循環させて常に肉体を強化している為、あの鬼神王のように特大の幅広剣を片腕で振り回すような事ができたらしい。
そして、魔力は鬼神族の角を中心に巡っており、その角には膨大な魔力が貯蓄されていくのだそうだ。
鬼神族は長命種であり、長い時間をかけて魔力を貯め続けていた。つまり、膨大な魔力の貯蓄するに耐えうる素材が鬼神族の角なのだ。
《 それは鬼神王の角。長命種の鬼神族の中でも長く生き抜き、膨大な魔力を貯め続けてきた逸品。つまり、ワシが鍛え直した魔晶にも匹敵する核となりうるのじゃよ。》
俺は鬼神王から受け取った2本の角を取り出して、ナーガの前に並べた。
《 これが、あの隠族の王の角か……。まったく、我を封印までして掴んだ安寧の日々であったろうに。こんな姿に成り果ててしまったのか。》
ナーガはそっと鬼神王の形見の角に額を当てた。
それは、自分を犠牲にしてでも幸せを願った者たちとの邂逅。
《 まったく……、彼奴らは馬鹿で脳筋で……。》
幸せを掴んだはずが、思いもかけず不幸にも滅亡してしまった友への愁嘆――
《 本当にいい奴らだったよ……。》
先程まで、口喧しく罵り合いを続けていた精霊たちだったが、この瞬間、沈黙をもって居なくなった鬼神族とその王を追悼する。
《 お主にとっての可惜身命。大事な存在であった奴らの角を拠り所とするんじゃ。これ以上に安らげる拠り所もないじゃろうて―― 》
ナーガにとっての片割れのような存在であった隠族=鬼神族。
それを察してしっかりと気遣うブリジットは、やはり優しい女神なのだろう。
ナーガに対する口の悪さは、もしかしたら、ただの照れ隠しなのかもしれない。
以前、神々の事を、なんとも人染みていると評した事があったが、半神半精霊の存在である彼女たちも、やはり感情豊かだなと思わさせられる――
「――川の神はそれで良いですか?」
沈黙を破った俺の問いかけに、静かな口調でナーガが答える。
《 機械人形よ、ナーガで良い。もう川の神ではないのだ。これから一緒に冒険するのだから、蛇精霊ナーガ。そう呼んでくれ。》
《 ぷぷぷっ、また蛇女はトンチンカンな事を。ワシもそうじゃが、お主は角に封じられるのじゃ。精霊としての力は使えるが、姿は見せられん。まぁ、ワシのように魔力を使ったオーラのようになら、この世界に顕在できるじゃろうがの。》
そうなのだ。
封印を解く代わりに、違う物に封印する。
それによってこの括り付けられた古井戸から、離れる事ができるようになるのだから。
つまりそれは、封印の移し替え。自由になるのとは、似て非なる事柄なのである。
《 そんな事はわかっておるよ。そこの鉄女と同じ条件になるのだろう? もう、この場所を護り続ける理由もないし、外の世界に出れるのだ。まったく問題などないな。》
ナーガはしっかりと俺の目を見ながら断言する。
覚悟はとっくに決まっていたのだろう。
《――それにな、いくら鬼神族の角が優秀な素材だとしても、半神半精霊にまで進化した存在の蛇女の全てを封じ込める事はできん。こんな奴でも、一応、神と呼ばれた者じゃからな。》
《 こんな奴だと!? またお前は、そうやって我を――》
ナーガが言い返そうとするが、その前にブリジットが言い切った。
《 だから――封じきれない蛇女の身体は波の乙女に取り込んでもらう――》
側で静かに佇んでいた波の乙女が、急に自分の名前が飛び出したことに驚きの表情を浮かべた。
思えばブリジットも、その力の大部分を魔晶に込めた後、自身の身体を火蜥蜴のサクヤに取り込ませ、そのおかげでサクヤは上位の精霊へと進化している。
《 なるほどな。我ほどの力の持ち主だ。角一本に封じきれないのも道理。そこの波の乙女なら、我と同じ水の属性の精霊だ。親和性もバッチリであろうよ。》
《 蛇女もしっかりと理解できたようだな。まぁ、お前の残滓だとしても、波の乙女に取り込ませれば、おそらく上位の精霊へと進化できる。そうなれば、蛇女はここに縛られる事がなくなり、波の乙女は進化できる。一石二鳥じゃろうて。どうじゃ、誰も文句はあるまい? 》
その場の全員で目配せを交わし、そして頷きあう。
誰もブリジットの提案に反対するものはいない。
当事者であるナーガも、この提案に異論はないようだ。
《 それでは、封印の才能持ちの聖職者を連れてこい。流石のワシも、この状態になってしまっては、蛇女の封印を移し替えることはできんからの。》
俺を機械人形=ゴーレムに封じる役割を果たしてくれたのもソーンだった。
彼女なら、この難しい役割もしっかりと果たしてくれるはず。
「じゃあ、早速ソーンさんを連れてこよう。」
やるべき事を決めたことで、全員が動きだす。
明日やろうは馬鹿野郎。
やると決めたら即行動だ。
《 ……あのな、機械人形よ。一つ我の願いを聞いてくれんか――》
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