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川の神の慈愛


           ♢



「――あなたが望むのならば、なんとかしてあげたいと思っています。」


 精霊剣を両手で恭しく掲げ、ナーガに向かって正面に紅い魔晶を向ける。

 

 静かに明滅する魔晶は、先程までのように有弁には喋らないが、ナーガは俺の説明で納得してくれたようだ。



《 そうか……。あの不器用で武骨な(オヌ)の連中は滅びたか……。》


 この精霊は何を思ったのだろう。

 自分を崇拝していた一族に、信仰の変更を理由に封印され、長い間こんな狭い古井戸に閉じ込められていた。固く蓋を閉じられ、ここから出ることも敵わず、挙句にいつの間にかその一族が滅亡していたと聞かされた。



《 せっかく魔族と呼ばれなくなれて、他部族から蔑まれなくなったというのにのぉ……。滅びてしまっては、元も子もないのぉ……。》


 その様子は寂しげで、自分を封印した一族を恨んでいたようにはとても思えない。それどころか、(オヌ)族が滅びてしまった事を心から悲しんでいるようにしか見えないのだ。


《 この山はな、奴等が各地で魔族だの、悪魔だの言われ、追われ続けた挙句、やっとの事で手に入れた安住の地だったのだ。しかし、見た通りの岩山でな。水も食料も取れん。そこで頼ったのが、我と山の神だったのだ――》


 (オヌ)族は、迫害から逃れ逃れてこの岩山に辿り着き、屈強な城砦都市を作り、身を守った。

 自然の恵みの少ないこの岩山では生活は苦境を極めた。

 そこで、自然を崇拝し、精霊と共に生きてきた(オヌ)族は、蛇精霊ナーガと契約して川の神、木の精霊コダマと契約して山の神としてこの山の守護神とし、それぞれの恵みに感謝しながら生活していたのだという。


 川の神となったナーガは、水を生み出し、操る力をもって(オヌ)族の生活を支え、彼らが幸せそうに生きているのを喜ばしく思っていた。彼らが大好きだったのだ。


 しかし、安住の地として作り上げたこの城砦都市も、彼らの事を『鬼』と呼び、魔族と称して討伐の対象にされた為、安住の地ではなくなった。それ以降、度々、他の部族から攻撃を受ける事となったのだ。



 元々、迫害を避ける為に、こんな恵みの少ない岩山にまで逃げてきた(オヌ)族は、何度も何度も繰り返される攻撃に、徐々に疲弊していく。


 そんな中、今世の神々を信奉すれば、彼らは『鬼』ではなく『鬼神』として神の名を賜ることができ、魔族という誹りから免れることができるだろうと誘いを受ける事となる。


 繰り返される攻撃に疲れ切っていた彼らは、崇拝していた川の神、山の神を封印し、改宗することを決意した。


 川の神は、自分が神でなくなったとしても、大好きな彼らが幸せになれるというならば、それで良いと思っていた。

 だから、彼らの行ないに反抗しなかったのだ。

 


 蛇精霊ナーガに戻るだけ――



 彼女はそう考えて、甘んじてこの古井戸に封印されることを受け入れたのだ。


 封印されようとするのに、まったく抵抗しない川の神に対し、(オヌ)族の王は涙を流し、何度も感謝の言葉と謝罪の言葉を繰り返しながら古井戸の蓋を閉じた。



 その後の歴史は知らない。

 長い長い時をこの古井戸の中に封印され、外の世界から隔絶されてきたのだから。

 たまにやってきて、お供え物を置いていく者もいた。

 しかし、封印の蓋を開ける事のできない蛇精霊ナーガには、それが誰なのかも知ることはできなかった。


 挙げ句の果て、(オヌ)族の幸せを願って、甘んじて封印を受け入れたというのに、肝心の彼らは滅んでしまったという。

 

 それでは孤独に耐えながら、古井戸に封印され続けた自分はなんだったのだろう。


 さらに、自分と契約した(オヌ)族の王は、契約を解除する事なく死んでしまった。

 

 人との契約ならば、その者が死ねば契約も消える。

 しかし、ナーガの契約は、この古井戸に括り付けられたものだ。

 解除する者が居らねば、この契約は消える事はないのだ。



《――何故、契約を解除しないまま、封印したのかのぉ……。我は憎まれていたのだろうか……。》


 ふと、ナーガからため息が漏れた。

 考えてみれば不思議なことだ。

 封印などせず、契約を解除してしまえば、ナーガは精霊として自由に生きることができたはずなのだ。

 それなのに、彼女は契約を解除されないまま、古井戸に封印されたのだ。



《……よく考えてみれば、理不尽だの。まったく、我ながら無駄な時間を過ごしたものだ。》


 (オヌ)族の王、鬼神王ギルは、何故そんな事をしたのだろうか。

 自分たちの為に力を尽くしてくれた川の神に、そんな理不尽を押し付けるなんて、彼らしくない。


 おそらく、今世の神々や他の部族からの嫌がらせだったのではないだろうか。

 何故か人は自分と違う何かに対して、異常に反応してしまう。(オヌ)族に向けられなくなった悪意の行き先が、自分たちの信奉の対象ではない川の神へと向かったのではないか。

 だから、契約を解除することは許されず、封印という最低な嫌がらせを、(オヌ)族にやらせたのではないか。


 すでに鬼神族は滅び、当時の謎を解く術はない。

 だから、こんな推論をナーガに話すことはしない。



「蛇精霊ナーガよ、契約を解除する術はない。でも、ブリジットのようにここから連れ出すことはできます。勿論、その姿のままでは無理ですが……。ただ、このまま無為にこの古井戸と共に時を過ごすのはし悲しいし寂しい……。」



 俺はナーガの過去に対する疑問に答えるのではなく、未来に向けて話しかけた。


「俺たちと一緒に冒険をしませんか?――」


 

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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