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蛇と契約という名の呪い


《 ……波の乙女よ、此奴らはお前にとっていったいなんなのだ? 使い潰され、消える寸前にまでその身をすり減らしていたというのに、お前は此奴らと共に居ようとするのか? 》


 すっかり意気消沈したナーガが、自分の身体を抱いている波の乙女に問いかけた。


 波の乙女は静かに回していた腕を解くと、手招きされて近寄った俺の左腕に抱きついた。

 そして、今度はナーガに手招きをすると、にっこりと微笑んだ。


 混乱した様子で舌をチロチロと出し入れするナーガ。なかなか手招きに応じないでいると、波の乙女が無理矢理俺の左手を引っ張り、ナーガの小さな体に触れさせる。

 ナーガは一緒、ビクリと身体を震わせたが、目を細めて俺の手を受け入れた。



《 この精霊たらしの人形に、お前の命を削ってまで協力する価値があると言うのか? 》


 ナーガは、俺の掌に頭を預けながら、波の乙女に再び問いかける。

 その問いに対し、波の乙女は静かに首を横に振って応えた。


《 ならば何故!? ……やはり強制的に契約を押し付けられて、無理矢理使役されているのか!? 》


 波の乙女の対応にナーガからまた魔力が溢れ始める。

 しかし、それを波の乙女が優しく抱きしめる事で辞めさせる。

 そして、胸の前に掌でハートのマークを作ると、またにっこりと微笑んだ。


 そんな波の乙女の姿を見たナーガは、一瞬目をカッと見開き、そしてパチパチと瞬きを繰り返した。


《 それは……、どういう意味……じゃ? 》



 ナーガは意味がわからず目を白黒させている。

 するとそれまで静かに俺の傍に立っていた土小鬼が口を開いた。


《 ワイらはご主人さんの事が大好きだってことですよ。》


《 大好きって……。だからと言って、あんなになるまで使役されてもいいと言うのか?》


 ナーガの問いに対し、土小鬼もニッコリと笑った笑顔を三角帽子から少し覗かせる。



《――かつてはお主も(オヌ)族の為にその力を尽くしていたのであろう? それと同じじゃよ。》


 頭に響くブリジットの声。

 右手に握った精霊剣を見ると、剣に嵌められた魔晶が紅く明滅していた。

 姿は見えないが、この剣の中に彼女が同居していることを改めて感じる。彼女の希望通り、一緒に冒険してくれていた――

 


《 ――ナーガよ、悪いことは言わん。ワシらについてこんか? 》


 それまで抵抗する意思を見せていたナーガは、この唐突な呼びかけに驚きを隠せないでいる。


《 ワシもかつては鍛治の女神と呼ばれ、物造りの民ドワーフ族に崇め奉られていた。しかし、いつしか存在を忘れられ、独り鍛治竈門に括り付けられたままでいたのを、無理を言って連れ出してもらったのじゃ。》


《 …………。》

 

《 護るべき民はもう居ない。独りこの古井戸に封印され続けるのは寂しいじゃろ? ワシは寂しさで気が狂いそうじゃったぞ。いや、ただひたすらに魔力核を打ち続けていたことを考えると、すでに狂っていたのかもしれんな……。 》


《 …………。》



 無理を言われたつもりはないし、どちらかといえば、素晴らしいアーティファクトまで造り上げてもらったわけで、俺は逆に感謝しかないのだが。

 ただ、ブリジットの『孤独』が、どんなに辛いものだったかは、あの時の彼女の涙を思い出せば痛いほどわかってしまう。

 

 もしかして、弱り切った波の乙女を見て、契約者である俺のことをあんなにも怒ったのは、『孤独』に苦しんでいたナーガが、()()()()ブリジットと同じような希望を抱いてしまったからなのかもしれない。


 ならば……そうだとするなら、ナーガにとって、一番の望みとはなんだ?


 川の神として(オヌ)族に崇め奉られ、半神半精霊にまで進化した存在だ。ナーガ自身が、川の神としての立場を捨て、俺たちと一緒に来る事を望むならば、俺はそれを拒むことはしたくない。

 いや、それどころか、あの時のブリジットと同じく、【契約】という名の【呪い】に縛られているというのならば、その【呪い】を解いてやりたい。



 ナーガの頭に手を添えたまま、どうする事が一番なのか、なかなか結論を出す事ができずいる俺を、俺とナーガを触れ合わさせた波の乙女は、静かに微笑んだまま見つめている。


 ブリジットも言いたい事を言い終えたのか、魔晶の明滅が終わり、急に静かになってしまった、、


 なんというか、俺の言葉が最終的な結論になる、そんな雰囲気になっているように思える……。さて、どうしよう……。



《 鍛治の神よ……。我は川の神。かつて(オヌ)族と契約し、この枯れた土地に水の恵みを求められ、力を発揮する為にこの古井戸に括り付けられた存在だ。契約によって縛りつけられた我を、ここから連れ出す事はできんよ……。》


 俺が結論を言い出す前に、ナーガが自分の状況を話し始めた。やはり、()()()()ブリジットと同じ。この場所に括り付けられ、この場所から逃れることができないでいるのだ。



《 我と契約を交わしたのは、(オヌ)族の王。彼奴が我を契約から解放してくれなければ、どうやってもこの古井戸からは離れられん。お前たちが、(オヌ)族の王をここに連れてきてこの契約を解除してくれるならば、我をこの場所から解き放つこともできるだろうが……。我を封印だけしたまま、奴らは久しく此処を訪れた事はないぞ。それでも、我の契約を解除することができるというのか? 》


 俺はハッとした。

 そして、唸るように言葉を絞り出した。



「……鬼神王……、(オヌ)族の王は死にました……。彼は、(オヌ)族最後の一人でした。もう、この世界に(オヌ)の一族は居ません……。」


《 ―――!? そうか……彼奴、死んだのか……。我をこの古井戸に縛りつけたまま、死におったのか……。》


 相変わらず蛇の表情は読み取れない。

 絞り出されたその言葉は、恨みの念か、惜別の念か、それとも喜びの念か。

 俺には、言葉からナーガの気持ちを察することは出来なかった。

 

《 ……ならば、契約を解ける者はおらんのだな……。そうか、彼奴ら、一族みんな死んでしまったのか………。》


 一雫。

 ナーガの瞳から涙が溢れ落ちた。

 

《 まったく、我を独り置いて逝ってしまうとは……。》

 


 それは決して怒りの涙ではない。

 何故か、そう確信できた。

 もしかしたら、俺に与えられた【エンパシー】という才能のおかげだったかもしれない。

 でも、そんな才能がなかったとしても、きっと俺は決断しただろう。

 ナーガを【契約】という名の【呪い】から解放してやる為に――

 


 俺は覚悟を決めて、鍛治の女神ブリジットが、この精霊剣の魔晶に自らの力を注ぎこみ、その身体を火蜥蜴に取り込ませる事によって、縛られ続けた契約から解放された時の話を聞かせ始めた――

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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