川の神④
《 ぐぬぬ……、ミミズだとか、カエルだとか、我をとことん馬鹿にしおってっ! 》
《 何を言うかっ! 馬鹿などと言っては馬や鹿に失礼じゃろうが。お前のような厚顔無恥な者は、阿呆というのよ。覚えておけいっ! 》
途中から、ただの悪口の言い合いになっているようにも感じるが、口先での戦いはブリジットに分があるようだ。
対して炎のオーラと八岐大蛇との力比べは拮抗し、炎のオーラと八岐大蛇は、僅かにその場で行き来するのみ。
しばらく拮抗していた力比べだったが、ブリジットの肩に乗っている三日月の形をした銀色の何かが、その光を強め始めてから状況が変わり始める。
八岐大蛇の一本の渦巻に銀色のオーラがぶつかっていき、押し込み始めたのだ。
三日月であったはずのその形は、いつのまにか満月のようなまん丸に変わり、どんどん八岐大蛇の8本の渦巻の中の一本を押し込んでいく。
銀色オーラは、炎のオーラや八岐大蛇の水の渦巻の大きさに比べればほんとに小さく、野球のボール程度の大きさでしかない。
しかし、優しく力強いその銀の光は、その規模の差をもろともせず、その光の強さで渦巻を圧倒していく。
それまでは、8本の渦巻全をもって丁度拮抗していたのだ。
その中の一本が、極端に押し込まれてしまえば、全体の均衡は一気に崩れるのは道理。
しかも、拮抗したバランスというものは、一旦崩れてしまえば次への展開は早い。
あっという間に、八岐大蛇のように見えていた8本の渦巻は押さえつけられ、ただの水塊と化してしまう。
《 ――ナーガよ。阿呆とはいえ、かつては民の願いを聞き続けていたのであろう? 少し落ち着いて我の話を聞いてみんか――》
ブリジットは、力比べで優位にたった所で、先程迄の強圧的な雰囲気を抑えて、ナーガにゆっくりと語りかけた。
《 うるさいっ! 姑息にも他の精霊の力まで借りるとは卑怯者めっ! ヒトデナシに使役されるような惰弱な精霊如きに、指図される謂れはないわっ! 》
蛇の表情などというものは、とても読み取れるものではない。しかし、明らかにナーガは焦っている。
小さな蛇の身体を震わせながらも、水の塊となったオーラを必死に維持しようと耐えているようだ。
《 ……ぐぅ……、此奴、剣の精霊か!? なんと神気を持ち合わせておるのか!? こんなチビ助の癖に、半神半精霊の存在だというのか!? 》
圧倒的に不利な情勢になり、ナーガは唸ることしかできなくなる。それでも負ける事を認めないナーガは、水塊を維持しようとさらに魔力を高めた。
《 やれやれ……、まったく頑固な精霊よな。おい、土小鬼、お主も力を貸せ。土の盾を生み出し、彼奴の四方を囲むのじゃ。 》
《 姐さん、了解です。川の神よ、姐さんやご主人さんの話をちゃんと聞いて―― 。》
ブリジットの呼びかけに、ハニヤスが再び土盾を造り出す。それは、盾というより壁。ブリジットの要求に応えるべく、大きな壁を生み出し、ナーガの四方を囲みながら水塊を押し潰していく。
《 おのれっ! 恥ずかしくないのかっ! 多数で我一人をいじめるなど……。仮にも半神半精霊の存在にまで進化した2人に、上位精霊まで――。》
―――!?
最早、身動きが取れなくなっていたナーガが、突然身体を跳ね上がらせた。
水塊の中、口をポカンと開けて驚いている。
そして、次の瞬間、水塊が弾けた。
――パァーン!!
土壁に四方を囲まれ弾性を制限された水塊は、炎と銀のオーラに上から押し付けられていたが、その制御が解かれ、土壁から水が溢れ出した。
( 何が起きた!? )
精霊剣を構えたまま、精霊たちの攻防をただ眺める事しかできないでいた俺は、突然訪れた力比べの終焉に、ますます混乱していた。
大量に魔力を吸い取られ、脱力で膝をつきそうになりながらも必死に堪えていたのだが、力比べの終了と共に魔力の流れが止まったのだ。
いや、正確には流れが穏やかになったというべきか。
大きく流れ出していた魔力の量が落ちつき、4本の穏やかな流れに変化した。
そう、4本――
この場で俺との魔力のリンクが強く繋がっているのは、土小鬼、鍛治の女神、剣精の三人と――蛇の精霊ナーガの小さな身体を、包み込むようにして抱いている波の乙女=ミズハであった。
同じ水の属性であるからか、ナーガの作り出した澄んだ水と魔力が、僅かに残っていた水筒の水の中で消えそうだった波の乙女に力を与えたのだろう。
元の姿を取り戻した波の乙女が、優しく微笑みながらナーガと一緒に浮かんでいるのだ。
その優しい抱擁に驚いたのか、俺たちに対して攻撃的に水のオーラを操っていたナーガは、魔力を流すのをやめた。
《 波の乙女よ……。お前、此奴らを庇っているのか? 散々使い潰されたのであろう? それなのに、此奴らを懲らしめようとする我を止めるのか……? 》
弱々しく話すナーガに、波の乙女はゆっくりと首を横に振る。そして、俺に手招きをすると、にっこりと笑った。
《 なんで……。我は精霊たちを助けてやろうと……。なのに、なんで……。》
いつの間にか精霊剣から溢れ出していた炎のオーラは小さくなり、ブリジットも剣精も姿を消している。
ぶつかり合っていた魔力は跡形もなく消え去っていて、古井戸の蓋は跡形もなく壊れてしまった。
部屋には水溜りが点々とできあがり、波の乙女が優しく抱いているナーガと、土小鬼、剣を握りしめている俺だけが残されていた――
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