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川の神①


 ちっさ……。


 

 正体見たり枯れ尾花……。

 大きく伸びた影に騙された。

 まさか声の主がこんなに小さな蛇だったなんて。

 まったく、人騒がせな……って、俺、人じゃなかったんだっけ……。


 でも、まてよ……。

 喋ってるよ!? この蛇!?

 喋る蛇なんかいないだろうよ!?

 まさか、魔物か!


 ……いや、魔物だったらこんな風な前口上無しで襲いかかってくるはず。自ら危険な位置に姿を晒して、攻撃を待つような事はするわけがない。



 ていうことは――


 

「――もしかして、川の神? 」


 機械人形になった俺だが、考える頭はしっかり持っているつもり……。ん、脳みそ無いけど、どうやって考えてるんだ?

 

 事ある毎に、自分という存在に対する疑問が生まれてきてしまうが、今はまず、目の前で喋っている不思議な蛇という()()から片付けなくてはいけない。



《 ――なんと、我を川の神と呼ぶ者がまだ居ったとは……。なんとも懐かしい名前だのぉ……。》


 心なしか、蛇の声のトーンが下がったように感じたが、如何せん爬虫類の表情からその気持ちなんぞ計り知ることなどできるわけもなく、俺は自分の気持ちを落ち着ける為にも、続け様に質問を投げかけた。


「懐かしき響きという事は、あなたが川の神で間違いないのですか?」


 蛇はチロチロと舌を出し入れしながら、一拍置いて質問に答えた。


《 ……川の神という者など、もうこの世界には存在せぬよ……。我はナーガ。精霊ナーガじゃ。 》


 表情からは変わらず心情は読み取れないが、明らかに蛇の声には寂しさが隠っている。口振りからしても、この蛇が川の神で間違いないだろう。



「――川の神はもう居ないというのは、(オヌ)族が信仰を捨てたから神では無くなったと理解してよろしいですか?」


《 ほぉ……鬼と呼ばずに(オヌ)と呼ぶとは……。お前、(オヌ)族の子孫か? それにしては角が無いの。しかも―― 》


 チロチロ覗かせていた舌が、一瞬動きを止める。

 


《 お前からは、人以外の匂いを感じるの。なんじゃ、お前は人では無いのか? 》


 人では無い………。

 この言葉を使われると、少し胸が締め付けられる。

 この世界で俺自身の自我が目覚めてから、理不尽に差別や蔑みを受けてきたが、悪意無く機械人形であるという現実を指摘されると、なんともいえない寂しさに心が包まれてしまう。

 

 いや、そんな事に心を揺さぶられている場合ではないのだ。俺の仲間。その身を擲って俺を救ってくれたミズハを助ける為にも、川の神に力を貸してもらわなくてはならないのだから。


 しかし、自らを精霊ナーガと名乗るのは何故だろう。もしかしたら、自分を信仰の対象としなくなった(オヌ)族を恨んでいるのだろうか。

 

《 我に石を投げつけておいて、何を黙り込んでおる? まずはそれを謝るのが筋であろう。 だいたい名も名乗らず、無礼なこと極まりないわ。》


 そう言うと、突如、小さな蛇の目が光り、周囲に魔力が渦巻き始めた。

 

《 ――出てゆけ! 無礼者っ! 》


 号令一下、渦巻く魔力が水に変わり、俺とハニヤスを押し流す。

 勢いよく押し寄せた激流に、俺たちはなす術がない。流されるまま、古井戸から押し出されてしまった。


 

「――っぷ!?」


 呼吸はしなくても平気だが、水の中では自由がきかない。

 溢れた水と共に古井戸の外に流れ落ちるが、体勢を立て直し、俺は四つん這いになりながらも部屋の外まで流されるのはなんとか堪えることができた。


 すると、俺を流し終えたと思ったのか、古井戸をいっぱいに満たした水は、みるみるうちに水位を落としていく。


「――ったく! 俺は汚物じゃないってのっ!」


 水洗便所で流される汚物のような扱いに、思わず大声で叫んだ。

 

《 ……ふんっ! おととい来やがれ、だの。 》



 精霊ナーガの煽り文句に、一瞬頭が沸騰しそうになるが、引いていく古井戸の水を見て、大事なことを思い出した。


(――そうだ! 水筒に水っ!?)


 引きちぎられた紐。首から下げる為に無理矢理結び直していたが、強引に引っ張ると再び紐は結び目が解けた。

 そして、俺は蓋を開けるとまだ水の残る古井戸の中に水筒ごと手を突っ込んだ。


「ミズハっ! 水だっ! どうだ!?」


 ゴボゴボッ!

 勢いよく水筒が中の空気を吐き出す。

 ナーガが生み出した水は、ミズハが生み出す水と同様、青く澄んでいる。


 水筒が古井戸の水でいっぱいに満たされたところで、水筒を持ち上げた。

 古井戸の水がみるみるうちに無くなっていくが、水筒に組み上げた水に変化はない。

 

「――ミズハっ! ミズハっ!」


 俺は波の乙女の名前を連呼する。

 しかし、巨木トレントの業火に焼かれ、大部分の身体を蒸発させてしまった波の乙女のダメージは相当なものだったのか。彼女は名前を呼んでも水筒から顔を出してはくれなかった。



「……ミズハ……。ダメ……なのか?」


 どうすれば彼女を救う事ができるのか。

 そもそも、大きなダメージを負った精霊を復活させる事なんて無理なのかもしれない。

 もし、そうだったのなら、優しい妖精に続いて、優しい水の精霊までが不甲斐ない俺のせいで犠牲にしてしまったことになる……。


 

 ミズハ…………。


 …………。


 ミズハ…………。


 …………。


 ミズハ…………。


 …………。


 

《 なんじゃ、お前、土小鬼だけでなく、波の乙女も連れて歩いているのか? 不思議な奴だの? 》


 いつの間にか空になった古井戸から、俺を排泄した張本人が、先程と違って穏やかな声で語りかけてきた――

 

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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