封印された古井戸
ギギギギーーーーッ
重い石蓋ではあるが、力一杯押してやれば、なんとかずらす事はできた。
古井戸を覗き込んでみる。
コーーーン……
水がある気配は無く、暗い闇の中、それほど深くない位置に、もう一枚、内蓋がある事に気づいた。
俺はいつも火蜥蜴が寝床にしているランタンに火を灯し、古井戸の中を照らしてみた。
直径2mほどの円形の古井戸は、人ひとりが入っても充分余裕のある広さである。
内蓋までの深さは、大体3mほど。
石造りの内蓋は、人が乗っても問題なさそうな重厚さだ。
「――ハニヤス、降りてみよう。」
俺は土小鬼を肩に乗せる。
そして、階段状に石盾を生み出させて内蓋まで降りてみた。
万が一、内蓋が人の重さに耐えられないようなら、すぐに石盾に戻れるように存在は消さないでおく。
内蓋は、思った通り俺が立ってもびくともしない。
相当な厚みがあるようで、剣の柄で叩いてみても、くぐもった音が跳ね返るばかりで、古井戸の深さは全く感じられなかった。
頼りないランタンの灯りで照らしながら、古井戸の壁や内蓋を調べてみると、何やら渦巻き状に線が描かれている。
その線は、2方向から真っ直ぐに伸びた線が内蓋の中央ふきんで絡み合うように渦を巻き、丁度中央で繋がっている。
「――穴!?」
描かれている線をなぞりながら調べていると、繋がりあった中央に、直径5cmほどの丸い穴が空いている事に気づいた。
ランタンを近づけ、穴の奥を覗いてみるが、相当な深さがあるのか、全く先を伺うことはできない。
そこで、俺は土小鬼に小石を生み出してもらい、その中央に開いた穴にその石を落としてみた。
( ……1……2……3……4……5……。 )
穴に耳をあてて、小石が底に当たるのを待つ。
しかし、数を数えながらその音を待つが、全然聞こえて来ない。という事は、この穴が相当の深さまで続いているという事なのだろうか。
………たっ!?
なんだ? 声?
穴の底から、何かの声がしたような……。
俺はなんとか音を聞き取ろうと、聴覚に精神を集中するが、とくに何も聞こえない。
( たしかに声が聞こえたと思ったけど……。 )
気のせいだったのだろうか。
ランタンを穴のすぐそばに置き、もう一度穴を覗きこむが、中は真っ暗なだけで、やっぱり何も見えない。
この古井戸は、鬼神族が信仰の対象を変えた時に封印されている。ならば、その封印を解けば、かつての川の神が解放されるのが道理だろう。
ただ、封印されてからかなりの年月が過ぎている。川の神がこの古井戸に存在するのかは、わからないのだ。
今、俺が持っている精霊剣ブリジット。
この剣を鍛え、その価値をアーティファクトにまで昇華させた鍛治の女神ことブリジットは、元使徒の部屋に設えられた鍛治用の竈門に契約によって括り付けられていた。
もし信仰の為、隠族が川の神となる半神半精霊の存在と契約したのならば、川の神もこの古井戸に括り付けられ、離れられずにいるのではないかと考えられないだろうか。
( ……もしそうだとしたら、ブリジットのように寂しい思いをしているかもしれない……。)
俺の考えが正解だとしたなら、波の乙女を助けてもらうだけではなく、川の神も救ってあげたい――
ランタンの灯りは揺らめきながら、ボーっと古井戸の中を照らしている。
どうすれば封印を解くことができるのだろうか。
水筒は頼りなく水の音をチャプチャプと鳴らしている。
水筒の中の少ない水は、波の乙女であるミズハの力が弱っていることを表しているのだろう。
全く顔を出してくれず、様子を伺う事ができない為、正直言って、いつまで彼女が平気でいられるかわからない。
焦る気持ちを抑えながら、封印を解くヒントを探す為に、一度古井戸から出ようと立ち上がったその時だった。
《 おいっ…… ! 》
ん!?
《 おいっ! 痛いじゃないかっ! 》
なんだ?
《 おいっ! こっちだっ! お前っ! こっちを見ろっ! 》
なんだなんだ? 誰かが俺を呼んでいる!?
慌てて薄暗い古井戸の中を見回すが、あたりに人の姿はない。
「 誰だっ! どこにいるっ! 」
俺はブリジットを構え、魔力を流す。
俺が戦闘態勢をとったことに反応した土小鬼は浮かべていた土盾を引き寄せ、周囲からの攻撃に備える。
俺の指示がなくてもしっかり反応してくれる。
なんとも頼もしい仲間だ。
ブリジットの魔晶に魔力が通り、炎のオーラが剣を覆う。
ランタンの頼りない灯りとは違い、一気に古井戸の中が明るく照らされた。
壁を背にして、古井戸の中を見回す。
決して広くはない場所だ。死角となる所もない。
剣のオーラの灯りに目を細め、声の主を探すと、井戸の壁に細長い影が伸びているのに気づいた。
「 ―――!? 」
長く伸びる影が、炎のオーラの揺らめきと一緒に左右に揺れている。
《 ……なんじゃ、お前。我に石をぶつけておいて、さらに随分と無礼な様子だの。水に沈めてやるぞっ! 》
随分と物騒な話だが、目の前に姿見えない。
影だけが大きく存在を主張している。
俺は攻撃にも防御にも、どちらにでも入れるようやや腰を落とし剣を下段に構えながら、その影の主人を探す。
《 ここじゃ、ここじゃ! 何処をみておる 》
ここって……、何処だよっ!?
俺が無言のまま探し出せずにいるのを見かねたのか、影の主人は、さらに大きな声で自らの居場所をアピールしてきた。
《 だから、ここにいると言ったおろうが! 足元っ! お前の足元を見よっ! 》
見えない相手に動揺している俺は、まさかその声が足元から発せられているとは思ってもおらず、ずっと壁に映る影ばかりを追っていたのだ。
影の主人がこんなにも小さな相手だったことで、俺の驚きはMAX状態。
こんなにも自分がビビりだった事に軽くショックを受けてしまった。
そして、
なんと、影の主人の正体は、小さな小さな蛇。
下段に構えた精霊剣の灯りに照らされて、影を大きく伸ばしていたが、実は俺の足の大きさよりも小さな蛇であった――
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