隠と仇②
生命力は少しずつこぼれ落ちている。
鬼神王の肌は、焼け爛れた黒い肌と滲み出る血で染まり、色を失った水墨画のようである。
すでに助からないと、誰の目から見ても明らかだった。しかし、鬼神王は語り続ける――
「――崇める神を今世の神に変える為、ワシら一族は、元々祀っていた社を封印した。そこからだ。この山が自然の恵みをもたらさない、寒々しい岩山へと姿を変えたのは……。」
鬼神王の話によれば、先程の戦いで壊れた【小天守】は山の神の社。ダンジョン一階にあった社が川の神の社であったそうだ。
社はそれぞれ封印され、川の神の社には蓋が、山の神の社は封印した上に、その上座の位置に今世の神々の為に今の【大天守】を築いて、前と後で信心の差を付けさせられたという。
やがて鬼神族は、今世の神々を信奉する長命種の一族として認知され、魔族とは呼ばれなくなる。
それは、隠族としてのアイデンティティを投げ捨てることに他ならない。
自分らしく生きることを辞め、その他大勢と同化していく。いや、埋没したのかもしれない。
そして、太陽神の『楽』プロジェクトによって欲を無くした鬼神族は、他の長命種同様、滅びの道を辿ったのだという。
魔族と蔑まれ、迫害の対象とされた歴史から逃れる為に他の種族に阿る事を選んだのに、結果的に一族が滅びてしまうとは、なんという皮肉であろうか――
「 まぁ、わかっておるかと思うが、元々信奉していた神を捨て、今世の神々を信奉する道を選び、隠族の名も捨てる決断をした一族の王が……ワシだ……。」
鬼神王――長い長い一族の歴史の中、幾度も重要な決断をしなくてはならなかったのだろう。その決断によって一族を苦境に陥れてしまったと、おそらくずっと後悔し続けてきたのだろう。
一族を守る為の決断であったはずであり、その決断のおかげで魔族と呼ばれる不名誉から抜け出せたのだから、素晴らしい決断だったと言えるのではないだろうか……。
「一族を護る為に変わる事に決めたのに、結果的に一族は滅びてしまったからな……。今、鬼神族……いや、隠族はワシ一人になってしまった。鬼神王などと呼ばれてもいたが、王だけが生き残っていてもしょうがない……。長命種に生まれた我が身を、ずっとずっと呪っておったよ……。」
率いる民を失った王か。
そういえば、ウカの使徒は同じような境遇の王たちの集まりだったか……。
「――機械人形よ……、いや、ヒロと言ったか。ヒロ、機械人形として生きる事になったお前は、ワシら長命種と同じ立場になったといえよう。その身体が壊れない限り、生き続けなくてはならない運命を背負ったことになる。それを幸とするか、不幸とするかはお前次第だ。ワシのような失敗を悔やみ続ける永遠の時など過ごすんじゃないぞ。」
時折混ざる喘鳴が、彼の気道が焼かれている事を示している。
絶望しながらも回復魔法を行使しているソーンが、話をしやすくする為、その癒しの力を胸あたりに集中した。
「――すまんな、ソーン。変わり者の聖職者殿。ワシはもう助からん。その力、是非とも此奴の為に使ってやって欲しい。時の流れを共有してやれはしないだろうが、願わくば、出来るだけ此奴の側で支えてやってほしい。こんなワシでも、ダンキル、アエテルニタス、フェンリル、ブラド、ゴズという仲間が居てくれた事に心が救われた。ウカ様の手伝いをした日々は、ワシにとって救ってやれなかった一族への苦しい気持ちを癒してくれた。だから……」
神妙に鬼神王の言葉に耳を傾けるソーン。
鬼神王の言葉に静かに頷き、彼の指の無い手を強く握った。
「――おぅおぅ、美しい女子に手を握られながら逝けるとは、男冥利に尽きるわいっ! カッカッカッ!」
姿はボロボロなのに、まるでそれを感じさせない力強い笑い声を響かせながら、鬼神王は精霊たちを呼んだ。
「精霊たちよ、お前たちもこの機械人形のこと、頼んだぞ。その素晴らしい力で、しっかりと助けてやってくれ。そうそう、波の乙女を一階の古井戸に連れていけ。あそこは川の神の社。封印を解けば、よわった波の乙女を助けてくれるだろう。」
水筒に僅かに残る水。
契約者を護る為、その身を削って力を尽くした波の乙女。
必ず助けてやれ、と鬼神王は笑う。
先程までの、一族の過去について語る神妙な雰囲気を丸ごと壊して、豪快な笑い声を響かせる。
「カッカッカッ! そうそう、巨木トレントだがな。あれはワシら鬼神族が封印した山の神だと思う。倒れてくる彼奴に切りつけた時、爆発が起こったが、その中心に魔力核に護られた若木が見えた。おそらく、魔物の大群に襲われ、ウカ様の魔力核が砕かれた時、カケラの一部が封印していた山の神と同化したのだろう。古い神の力と新しい神の力が合わさって生まれたのが魔物であったとは、なんとも皮肉なことだがな。」
( ……社を封印した我々、隠族を恨んでいたのだろうな…… 。山の神よ、申し訳ありませんでした……。)
鬼神王は、口には出さずに心の中で謝罪する。
川の神にしても、恨みが大きければ、波の乙女を助けてくれない可能性がある。だが、恵みの無いこの岩山で、彼女を救うには川の神にすがるしか無いだろう。
「――さて、ワシもそろそろ厳しくなった。火蜥蜴よ、いるか?」
突然、鬼神王に呼ばれたサクヤは、身体をビクリと跳ね上がらせた。
「サクヤと言ったか。サクヤよ、ワシの死体を焼け――」
鬼神王の言葉に、今度はその場にいる全員が驚きに身体を跳ね上がらせた。
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