業火④
視界は暗転した
あの時もこうだっただろうか
前世、車で事故を起こして命を失ったあの時……
………ん、あれ? 俺……生きてる!?
ゆっくりと目を開ける。
周りを確認すると、俺は分厚い火の壁に囲まれていた。
チャプン――
いや、違う……。
俺は水の中にいる。
青く澄んだ水の中。
仰向けに倒れている俺の身体は全身水に包まれている。
ふと視線を横に向けると、そこには綺麗な女性の笑顔――波の乙女=ウンディーネの優しい笑顔がこちらを覗き見ていた。
チャプン――
弾むような音を立て、俺を包んでいた水の塊が弾ける。
すると、そこにあったはずの波の乙女の安心したような優しい笑顔はゆらゆらと消えてゆき、水蒸気へと変わっていく。
「――ミズハっ!?」
慌てて俺が名前を呼ぶが、水塊は全て空気に溶け、蜃気楼のように消えてしまった。
そして、俺の傍に、アリウムに持たせていたはずだった俺愛用の水筒が転がってきた。
カラン……、水筒に手を伸ばすと、中には僅かな水が残るのみ。
いつもならいるはずのミズハの姿は見当たらない……。
視線を正面に戻す。
すると、360°全部火の壁に囲まれていると思っていたが、違っていた。
俺の正面には大柄な男にみえるものの後ろ姿。
特大の幅広剣=ブレードソードを盾のように構え、男に見えるものが仁王立ちしている。
その男に見えるものは、全身真っ黒に焦げ、ゆらゆらと煙を立ち上らせている。
衣服は焼け落ち、皮膚は垂れ下がっていた。
俺がミズハを呼んだ声に反応したのか、目の前の男に見えるものは、ゆっくりとこちらに振り向いた。
しかし、そこにあるはずの瞳は垂れ下がった皮膚で潰れ、鼻は炭化して欠けている。
かろうじて口とわかるそこからは2本の牙が覗いていて、その瞳では見えるはずもないのに、俺の無事を確信したのかニヤリと笑った。
「――グラマス……?」
俺が呼びかけると、男に見えるものは、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
膝だちの状態からそのままゆっくりと背中側に倒れていく。
その重みに耐え切れなくなったのか、構えていた幅広剣が転がる。よく見れば、柄を握っていたはずの指はすっかり炭化していて、ポロポロと崩れ落ちてしまっていた。
ドサッ………、ドサッ………。「ヒロ君!?」
座り込んだ俺の後から、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
土小鬼が大量の砂を生み出し、燃え盛る火に被せて消化して歩いているようだ。
やっとの事で道が繋がり、通れるようになったその細い道から、進取の聖職者が走り寄る。
「―――!?」
勢いよく抱きつかれ、俺とソーンは倒れ込んだ。
肩を振るわせている様子を見るに、ソーンは泣いているようだ。
声を掛ける事もできず、俺はただソーンを力無く抱きしめる。
「――ごめん、ソーンさん。俺、また失敗したみたい……。」
何も言わずに泣きながら頷くソーン。
俺は、何が起きたのかよくわからないまま、ソーンを抱く腕を緩めた。
2人は身体を起こし、倒れ込んだ男に見えるものの側に近寄る。
見れば見るほど、酷い有り様。
低い位置は温度も低かったのか、膝から下は綺麗に残っている。
「 ……機械人形よ、無事か……? 」
焼けただれた喉から搾りだされた声には、ヒューヒューとした苦しげな音が混ざっている。
しかし、牙を剥き出しにして笑いながら、俺の返事を聞くと、男に見えるものは豪快に笑いはじめた。
「カッカッカッ! 波の乙女はしっかりとお前を守ってくれたか! あの精霊に感謝するのだぞっ! 」
自分こそが満身創痍だというのに、何故かしきりに俺の安否を気にしている。
ソーンが回復魔法を唱え始めた。
淡い光が男に見えるものを包み込むと、吹き出している血が止まり、爛れた皮膚に生気が戻り始めた。
しかし、男の身体の所々、光の及ばない個所がある。
炭化して崩れてしまい、無くなった身体の欠損部分は復活することはない。
奇跡のような効果をみせる回復魔法ではあるが、欠損した身体を元に戻す事はできないのだ。
「 変わり者の聖職者の嬢ちゃん、ありがとうよ。だがな、もういいから、早くその水筒に水を足してやってくれ。波の乙女に少々無理をさせすぎた……。」
ソーンは涙を堪えながら、首を振った。
仰向けに倒れている男のすぐ側で、膝立ちの姿のまま回復魔法を唱え続ける。
皮膚が垂れ下がり、見えなくなっていた目の位置には瞳はすでに無い。現れた黒い窪みがかろうじてそこに2つの瞳があった事を連想させるのみである。おそらく、高温の業火に晒され、瞳も蒸発してしまったのだろう。
火災旋風が渦巻き、業火に焼かれ炭と化した肉体は、その強い風に運び去られた。
回復魔法の光は、名残惜しく風に乗って彷徨うが、治すべき手がかりを無くし、虚しく消えていく。
かろうじて口から覗く牙と頭に生えた2本の角が彼が誰であるかを教えてくれるが、強靭を誇った鬼神族の王の身体は、すでに人としての体を成してはいなかい。
必死に回復魔法を唱え続ける聖職者の姿に、困ったように苦笑いをしながら、男は俺に語り始めた。
「 ……機械人形よ……。」
満身創痍――
手の指は無い
瞳は蒸発し、鼻も削がれたように消えている
両の太腿の表側は炭化してなくなり、回復魔法で無理矢理繋がっているだけ
異様を誇った筋肉の塊のような鬼神王の身体は、回復魔法であっても焼け落ちた部分を補う事はできず、所々虫食い状に穴が空いている。
「 ……お前さん、強くなったな。あの剣から火のオーラを出した時は驚いたぞ。だが、まだまだ力を使いこなせていないし、状況判断にも難があるようだ。しっかり頭も鍛えないとな。」
呆然と耳を傾ける俺に、男は話を続けた。
「 精霊たちを束ね、魔法剣を操り、心強い仲間も多い。さらに、望んだわけでは無いだろうが、機械人形=ゴーレムの身体を手に入れた。それは、ワシら長命種と同じく、無限の時間を手に入れたようなものだ。だから――」
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