業火③
「我ら、敵を祓い、豊穣を護るものなりっ! 太陽神よ、我らに希望の力をっ! 『ウォークライっ!!』」
ソーンはこの戦い中、一度だけしか神聖魔法を使ってはいない。
使える数に限りがある神聖魔法は、ここぞという時に使う。先程、機械人形に襲いかかった巨木トレントの枝を撃ち抜いたように。
そして、今、ソーンは神聖魔法のひとつ、『ウォークライ』を唱えた。
ソーンは巨木トレントを倒せるタイミングを計っていた。
戦う者の気持ちを昂らせ、疲労を感じにくくし、恐怖などへの精神力耐性を上げる。
穴を穿たれ、身体にクレーターを作り、火だるまと化した巨木トレント。
今こそ総力をあげてたたみ込むべき時だと。
『ウォークライ』は唱えた後、自身の動きを制限され、その間、無防備状態になってしまうリスクがある。
本来、その隙を埋めてくれる仲間が居て、はじめて使う事ができるスキルだ。
今、ソーンを護ってくれる仲間はいない。
つまり、今、神聖魔法を使うにはリスクが大きすぎる。
しかし、ソーンは迷わずこの魔法を唱えた。
必ず仲間が巨大な敵を倒してくれることを信じて――
♢
力が湧く――
『ウォークライ』はバフではない。
力や速さ、体力などが上がるわけではない。
しかし、気持ちが昂る。
気持ちが乗る。
無意識に力を制限しようとする頭の枷がはずれる――
「もう一丁〜〜〜っ!!」
魔力総量には自身がある俺でも、精霊たちに魔力を分け与え、古竜のドラゴンブレスの為に魔力を譲渡し、さらに、要求されるがままに魔力を精霊剣に注ぎ込む。
さっきから目眩と頭痛で頭が思い。
最近では感じる事がなかった、魔力の枯渇による反動が俺に返ってくる。
切り上げ、切り払い、切り下ろし――
連続で精霊剣を振るえば、剣線に一拍遅れて赤い炎のオーラが暴れ回る。
自分に与えられたスキルを駆使し、暴れながら付いてくる紅い炎を押さえ込み、勢いだけを殺さずに巨木トレントにぶつけ続ける。
巨木トレントは、すでに全身を火に包まれているのにも関わらず、振り回す枝の一撃は必殺。
その身体と同じくまだ折れない闘志が、一番の脅威と認めた機械人形へと集中した。
火のついた身体から、次々と枝を打ち出す。
しかし、その全てが機械人形に辿り着く前に、土の盾に弾かれ、水塊に吸収されてしまう。
業火に焼かれ、虚から業炎を吹き出しながら、苛立ちを表す事ができない巨木は、その感情を激しく身体を振り回すことで表した。
このまま押し切れる――誰もがそう確信したその時、突如音が消えた。
カクンっ………。
無限とも思われた炎の操演。
大木トレントを燃やし尽くさんと暴れ回っていた炎の竜が、突然姿を消した。
( 嘘だろ――魔力切れ!? )
自分の身体を燃やし続けていた業火が消えた瞬間、大木トレントは地中深く張り巡らしていた根を無理矢理引き抜き始めた。
グワァーーーーッッ!?
虚から吹き出す炎が、まるで叫び声のように爆音を響かせた。
声なき声……、それはまるで怨嗟の声。
『鬼ヶ島』の頂上に君臨し、全てのトレントを支配していた巨木は、突然現れた小さな存在から集中攻撃を受け、あまつさえ自分の身体は燃やし尽くされようとしている。
これほどの屈辱はない……、ならば――
焼かれて痩せ細った根は頼りなく、その場に立つ事はできなくなった。ブチブチと音を立てながら根を全て抜き去ると、その痩せ細った根を足のように使い、よろめくように機械人形に向かって歩き始める。
崩れていく根を引きずりながら、大木トレントは炎を止めた機械人形との距離を一気に詰めた。
「―――!?」
チームの全員が表情を凍り付かせた。
距離を詰めた巨木トレントは、それまでに見せなかった素早さで、機械人形目掛けて倒れ込んだ。
高さも横幅もデカい。
さらに燃え盛る枝を目一杯広げて。
機械人形は逃げ場を見つけることができず、覚悟を決める。
燃やせっ!――
その時、剣に嵌められた紅い魔晶から声がきこえると同時に、今まで意識しなかった位置から魔力が流れ始めた。
あの時吸収したもう一つの核――ブリジットが再鍛錬し、復活させた無垢の魔力核。そこから、大量の魔力が溢れ出し、再び精霊剣ブリジットは紅い炎のオーラを纏う。
両手でで剣を強く握り、振り絞る。
機械人形は、有りったけの魔力を込めてブリジットを前に突き出した。
一拍遅れて溢れ出した業火は、一直線に大木へと火線を伸ばすが、膨大な質量の大木を受け止めることはできない。
二度、三度。剣から迸る炎。
燃やし尽くさんと大木をめぐるが、その攻撃で巨体を誇る大木を焼き尽くすことは敵わなかった。
一度途絶えた魔力の供給が復活し、古竜も、火蜥蜴も、嘆きの妖精も、一斉に自分たちの最大火力を向けるが、大木はわずかによろめくだけ。進取の聖職者も自身の最大火力でホーリー・レイを放つが、穴は穿つが倒れていく大木を消し去ることはできない。
土小鬼の土盾は大木の質量に砕かれ、白髪の少年は正面に張っていた障壁を機械人形の元に伸ばそうと試みるが、距離が遠すぎる。
( また、失敗しちまった……。)
逃げる事が出来ず、剣を突き出したまま動けない俺は、この戦いの中、やらかした失敗を後悔しながら押し潰されるであろうその時を待った。
機械人形とはいえ、仲間のおかげで新しい人生を迎える事が出来たのに、俺は失敗ばかり……。
( もっと上手くやれたはず……。俺はいつも失敗ばかりだな……。)
思考だけがグルグル頭を巡り、何故か燃え盛り倒れてくる大木はとてもゆっくりに感じる。
さりとて、逃げる場所を見つけられないまま、仲間たちの必死の叫び声を意識の遠くに聴きながら、俺は真っ暗な影と噴き上がる炎に飲み込まれていった――
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