中年人形、吠える
「――がぁぁぁぁっ!」
途轍もなく強力な一撃。
アリウムは、今までこれほど強力な打撃を受けたことはない。
15メートルもある巨木トレントが、その太い枝を振り下ろすようにして【アンチバリア】を殴りつけてくる。
枝のしなりに、その質量も加わって、一撃ごとに岩山全体に地響きが伝わる。
幸いなのは、横薙ぎの攻撃ではなく、高いところから振り下ろされるような攻撃である点。
【アンチバリア】自体、全てを防ぐ無敵の盾だが、その盾を支えるのは成長途上の少年である。
地面に向かって攻撃のベクトルが向いているからその場で踏ん張れているが、そのベクトルが横向きに向かって来たら、【アンチバリア】ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
「――ったく、いつもこんな役回りだなっ!」
悪態をつきながらも、白髪の少年の口元には笑みが浮かんでいた。
いつでも、周りから疎まれ、蔑まれ続けたいじめられっこにとって、人に頼られ、信頼される事のなんと心地よいことか。
どれだけ辛い状況でも、かつての悪意に耐えていた頃とはまったく違って、その辛さに耐える事ができる。
「――ヒロさん、またなんか凄いことしてる……。機械人形になってから、なんかやる事が派手になったかも。ククッ。」
今は機械人形になっているあの不思議な大人が、自分の人生を360°、いや、それどころじゃないな。720°とか、1080°とか、何回生まれ変わったのだろうと思える程、変えてくれた。
ただ悪意に耐えるしか出来なかった自分に、違う生き方を教えてくれた。
自分の持つ力を理解し、使い方を教えてくれた。
他を許し、受け入れることを教えてくれた。
そう、こうやって、自分自身以外の事を守るために力を振るえるようになれたんだ。
「みんなっ! 棒人形は俺が燃やし尽くすっ! だから、みんなはそれぞれの役割をこなせっ! 」
ちぇっ、またそうやって僕をこき使うんだから……。そんなこと言われたら……、ここで負けるわけにはいかないでしょう!――
♢
ゴーーーーッ!
精霊剣を一振り。
巻き起こる炎が尾を引くようにして暴れ回る。
横薙ぎに剣を振えば、俺を中心に広い範囲に炎が広がって棒人形を巻き込み、勢いよく剣を突けば真っ直ぐに炎が伸びて棒人形たちを貫く。
炎のオーラに触れた棒人形は、少し掠っただけでも一気に燃えあがり、消し炭と化した。
「――行くぞ、ブリジットっ! 思いっきり冒険しようっ! 」
今まで鍛えてきたスキルが上手く噛み合う。
【同調】、【共有】、【操作】といった、今までは単独で発揮されていたスキルが、剣の能力を引き出し、存分に活かされる。
赤い魔晶から流れ込む【火精】の力。
剣から流れ込む【剣精】の力。
その二つに俺の魔力が合わさり、爆破的な火のオーラが暴れ回る。
低く剣を構え、一足飛びに棒人形との間合いをつめ、下段から逆袈裟に剣を走らせれば、精霊剣に切られた棒人形は剛炎で蒸発する。
さらに、剣から暴れ回る炎のオーラをスキルでねじ伏せると、炎が扇状に広り、後ろにいた数十体の棒人形を巻き込んだ。
次の棒人形の集団へ走る。
先程振り上げた精霊剣を今度は冗談から袈裟斬りに振り下ろすと、剣からほと走る炎の帯が地面を走って棒人形たちを燃やし尽くした。
足を止めずにまた次の集団、また次の集団と身体の向きを変え、剣の射線を変えて棒人形を消し炭とへと変えていく。
「――おおぉぉぉぉっ!!!」
機械人形は雄叫びを上げた。
これほどの力、今まで自分自身で操った事はない。
いつでも仲間の力を借り、精霊の力を借り、自分自身には敵を屠る為の力は無いと思っていた。
元は中年のサラリーマン。冒険などというものとはまったく関わりのない世界にいたのだ。戦闘力なんてものは皆無。そういうものだったはず。
しかし、今、俺は希代のアーティファクトを操り、燃やし尽くさねば復活してしまう厄介な魔物を倒しまくっている。
高揚しないでいられるわけがない――
「――ヒロ君っ! 後ろっ!」
棒人形相手に夢中で剣を振るっていた俺の後ろに、【小天守】と同化している巨木トレントの枝が振り下ろされてきた。
やば――
調子に乗りすぎて、周りが見えなくなっていた。
攻撃している時こそ、相手の反撃に注意しなくてはならない。ましてや相手は複数。巨大なボス敵までいたのに。
なんとか剣で受けきろうと、反転して剣を構えた――しかし、そこに三重の土壁が滑り込む。さらに、土壁を叩いた巨木トレントの枝が、光の束が貫き消し去った。
「ヒロ君、もう少し冷静にっ! なるべく後ろは守ってみせるけど、棒人形だけに気を取られないでっ!」
汗は出ないはずなのに、冷や汗が吹き出したような感覚。ソーンさん、ハニヤス、ありがとう。
左手で了解の合図を出し、また棒人形に向かって走り出した。
今度は、しっかり視界の片隅に巨木トレントの動きも入れながら――
「ニールっ! サクヤっ! ヒンナっ! さっさと親玉やっちゃってくれっ!」
役割を与えた仲間たちにハッパをかけると、今まで以上に魔力が吸い取られた。
彼らも気合いを入れ直したのだろう。
ちょっと調子に乗りすぎて、危なく全てを台無しにするところだった。
夜郎自大……、自分の力を過信して、自惚れてはいけない。
よく考えたら、この力だって精霊剣の力を借りている。そこを忘れてしまったら、いつか大きな失敗をしてしまうだろう。
「――くわばら、くわばら。まだまだ俺もガキだねぇ……。」
もっと成長しなくては。
おっさんだって、まだまだ成長できるはず。
また俺は剣を振るった――
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