アーティファクト
「―――!?」
そのオーラは突然溢れ出した。
今はまだ名も無き魔法剣。
されど、鍛治の女神ブリジットが最後の力を注ぎ込んだ名剣。
剣の柄に嵌め込まれた赤い魔晶から溢れ出すオーラは、魔晶の中心で渦巻き、そこから漏れ出している。
………マリョクヲカサネヨ………。
オーラを撒き散らしながら棒人形に切りつけた時、何かの言葉が頭の中に流れ込んで来た。
………オヌシノマリョクヲトオセ、アノトキノヨウニ………
聞き覚えのある声。
念話だろうか。
頭の中に直接話しかけてくる。
………イッショニボウケンシヨウゾ………
そうか、お前はこの剣。
鍛治の女神ブリジットが自らの魔力と神気を注ぎ込み、アーティファクトへと昇華した魔法剣。
ならば、迷わず力を借りよう――
「――オーケー、わかった、やってやるっ!」
あの時――ブリジットに魔晶の中で魔力を混ぜろと言われたあの時と同じ、共感し、重ね合わせる――さらに、魔晶の中のブリジットの魔力と俺の魔力を剣に纏わせる。
あの時は、ただひたすらにかき混ぜ続けたが、今回の感覚は違う。
そう、一度混ぜ合わせた力同士は、すでに混ぜる必要などなく、すぅ〜っと俺と魔晶の魔力が重なっていく。
魔力を注ぎ続けると、剣に取り付けられている魔晶の中心から溢れ出していたオーラが、徐々に剣全体を覆った。
『 ……では、またの。ワシを上手く使ってくれよ。』
そういえば、ブリジットとは、こんな事を言われて別れたんだっけ……。
『 一緒に冒険がしたかった。』
そうそう、精霊たちとこんな話をしてくれていたな……。
刹那、剣が完全に赤いオーラに覆われる。
その瞬間、増殖した棒人形の一部が襲いかかってくるのが見えた。
俺は、剣の魔晶に力を注ぐことに集中しすぎたせいで、飛びかかってきた2体の棒人形への対処が遅れてしまう。
ギリリと奥歯を噛み締め、無理な体勢で強引に剣を振り抜いた。
ゴーーーーーッッッ!!!!!
剣はまともには棒人形に当たってはいない。
少し掠っただろうか……。だとしても、剣先が僅かに触れた程度であろう。
しかし、俺に飛びかかってきた2体の棒人形は、激しく炎の吹き上げながら、崩れ落ちた。
右手に収まっている剣は紅蓮のオーラに包まれ、振るった後には赤銀に輝く魔力を帯びた剣線を残し、切った相手は炎をあげて燃え尽きる。
たった一振り。
その一振りだが、俺はその凄まじい効果が何故か腑に落ちた。
【火のオーラ】――剣に嵌め込まれた魔晶から、その理由からその解説が頭の中に流れこんできた………気がしたのだ。
「――ふふっ……。」
俺は俺に掛けられたマントを愛おしげに身体に纏った赤髪の少女の姿を思い浮かべた。
長い年月、ひとりぼっちでダンジョンの奥に閉じ込められ、ただひたすらにウカの魔力核を鍛錬し続けていた少女。
ほんの数日の邂逅ではあったが、一人あの場所に残され、誰からも忘れられた存在に戻る事を拒絶し、この世界から消え去ることを選んだ少女。
鍛治の女神として、最後の作品であるこの魔法剣に、ありったけの魔力と神気を込め、まさに神名をかけて鍛えあげぬいた少女。
その身体こそ火蜥蜴に吸収されて消えてなくなったが、今、アーティファクトとしてこの世界に新しく顕在した少女――
(――ブリジット、一緒に来てくれるかい?)
そこにはいないはずの少女に、俺の思いを告げる。
すると、魔法剣に嵌め込まれた赤い魔晶の中心から、益々大きな赤いオーラが溢れ出し、剣を覆った。
そのオーラはまさに炎。
太陽から飛び出したコロナの如く、剣の表面を揺らめき、波打っている。
俺の右腕からは、大量に魔力が吸い取られていくが、今、この力を使うことに躊躇はなかった。
(――ありがとう。行こうかっ!)
俺はハニヤスとソーンに攻撃に専念しているサクヤ、ヒンナ、ニールの防衛を任せて、目の前にひしめく棒人形の群れに走りだした。
剣の技能はせいぜい中の上。
達人とは程遠い。
しかし、魔力を纏わせ、紅蓮のオーラに包まれた魔法剣は、そのオーラを掠らせただけで、棒人形を燃やし尽くす。
カケラからも増殖する棒人形も、全てを燃え尽くされれば、そこから新しい個体が生まれることはい。これは、ここまでの道中、道を塞いだトレントたちと同じ。
「みんなっ! 棒人形は俺が燃やし尽くすっ! だから、みんなはそれぞれの役割をこなせっ! 」
俺は近くにいる棒人形に切りつけながら、広場全体に届くように大声で叫ぶ。
相変わらず、誰からも返事は返ってこないが、以心伝心、必ず俺の指示をやり遂げてくれるはず。
巨木トレントがまた枝をばら撒く前に、今溢れている棒人形を焼き尽くすことに集中する。
手に力を込めれば、炎が暴れだす。
「今、やるならこれだろっ!!」―― ブリジットのオーラと『同調』して、その力を『共有』、そして魔法剣から溢れ、暴れだした紅蓮の炎を『操作』する。今まで鍛えてきたスキルは、今この時の為にっ!
まだまだレベルの低い『操作』スキルのせいで、炎を精密に動かすことはできない。
しかし、密集した棒人形に当てるのは、難しくない。
俺は走り回りながら、炎を纏った剣で棒人形に切りつけると、暴れる炎がまるで意思を持ったように、回りの棒人形を貫いていく。
実際に頭では考えない。
感覚に、スキルを重ねるだけ。
あとは、それを利用して、剣が補助してくれる。
渦巻く炎の中、走り回る俺は先送りしていた剣の名前を決めた。
「――やっぱり、お前は、いや、この剣の名前は『プリジット』で決まりだなっ! 精霊剣『ブリジット』っ! さぁ、一緒に冒険しようぜっ!」
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