小天守と巨木トレント②
メンバー全員で【小天守】に近づいてみるが、巨木のトレントに動きはない。
しかし、でかい。
【小天守】自体がかなりの大きさなのだが、その屋根を突き抜けて聳え立つ巨木の高さは、優に15メートルはあるだろうか。現代の建物でいえば、5階建てのマンションほどの高さである。
伸びる枝も1本1本が太い。
不思議な事に葉は茂っておらず、裸の枝が吹き付ける風が隙間を吹き抜け、唸るような音を響かせていた。
「気味が悪いわね……。」
俺の右隣に立つソーンが呟く。
誰も寄り付かず、忘れ去られたダンジョンがその心情を嘆き、怨嗟の声を漏らすかのような風の音。
遠くから見上げたていた時は、かなり立派な天守と思っていたが、近くでみると【小天守】も【大天守】も、かなりボロボロだった。
壁は剥がれ、所々穴が空き、屋根には大穴が空いている。
崩れかけの櫓は、もしかするとトレントによって支えられながら、そこに建っていられているのかもしれない。
「 ……まあな、人の手が入らないと、建物というものは自然に痛んでいくものだ。ましてや魔物の大群に襲われたのだ。いくら頑丈に造られていても、ああもなろうさ……」
俺の左隣に立つ鬼神王が呟いた。
「さて、盛大に燃やしてやろう。天守ごとな。」
天守に未練は無い。
大事なのは【大天守】に安置されていたはずのウカの魔力核のみ。
おそらく、魔物に襲われた際に粉々に砕かれているだろうが、どれだけの破片が集められるか。
何はともあれ、まずは目の前の巨木のトレントをなんとかしなくては始まらないのだ。
「――では、作戦通りにみんな頼むよ。」
♢
事前に話し合った作戦はこうだ。
基本はニールとサクヤ、そしてサクヤに返信したヒンナの炎弾とブレスによる燼滅作戦になる。
空を飛べるニールは空中からトレントへ、サクヤとヒンナは地上から【小天守】を燃やす。
ある程度、安全圏から攻撃してもらうが、ハニヤスが土盾による援護をする予定だ。
いつもならば、アリウムに絶対防御を誇る【アンチバリア】を最前線に張って貰うのがテンプレなのだが、今回は【大天守】への延焼を防ぐ役割を担ってもらう。
【小天守】と【大天守】の間に立って、【アンチバリア】を貼り、炎から守り続けてもらう。
完全に【大天守】を覆う事は魔力の消費が大きすぎる為、遮断壁を作るにとどめ、サポートにミズハをつける。彼女なら、その水を操る力で延焼を防ぐ役割を果たしてくれるはずだ。
俺は魔力の供給に専念するため、やや離れた所に待機し、警護役としてソーンが隣に控える。
「これだけ広いスペースに他のトレントがいないのはおかしい。」との意見が全員から出た為、鬼神王は遊撃として配置し、巨木のトレント以外の動気に注意しながら、自由に動いてもらうことになった。
なんとか【大天守】を確保し、ウカの魔力核を守りながら、【小天守】と同化している巨木のトレントを燃やし尽くす。
4人の冒険者と1匹の古竜、そして、5人の精霊たちと、巨木のトレントとの戦いが始まる。
「――じゃあ、先に行ってきます。」
波の乙女が顔を出している俺の水筒を首から下げ、アリウムが【大天守】と【小天守】を繋ぐ渡り廊下の脇へと向かった。
アリウムの【アンチバリア】とミズハの水塊が張り巡らされたら、作戦開始だ。
「ピ、ピーーーっ!」
行ってきます、とでも言ったのだろう。ニールも空へと飛び上がった。あの小さな羽で空を飛べる事にはいつも驚かされるが、頼もしい古竜を親指を立てたポーズで送り出す。
進化した火蜥蜴と、火蜥蜴に変身した嘆きの妖精も準備万端。両手を腰に当てながら巨木のトレントを睨みつける姿は、どちらが本物の火蜥蜴で、どちらが変身した嘆きの妖精なのか、ちょっと見分けがつかない。
《 私に任せといてっ! 》
あ、この話し方でこちらがサクヤとわかった。
あの偉そうに大声で叫んでいる方がそうに違いない。まったく緊張感の無い様子に一抹の不安も感じるが、複数の土盾が周囲を固めてくれている。
土小鬼のサポートがあれば大丈夫だろう。
♢
その音は、それぞれが配置に着いたかと思ったその時、急に鳴り響いた――
バキバキバキバキバッッッッッ!!
つんざくような木の裂ける音が聞こえたと同時に次々と降ってきたのは、先端が鋭く尖った巨大トレントの枝。
まるで槍の雨のように降り注いだ枝は、岩でできた固い地面をもろともせずに突き刺さる。
そして、突き刺さった巨大トレントの枝から手足が伸び、動き出した。
まるで棒人形のようなその太い枝の化け物は、パキパキと音を立てながら、それぞれから一番近くのメンバーに向かって動き出した。
「―――!?」
不味い!? 格闘戦になってしまうと、アリウムはともかく、精霊たちは対処が難しい。
「――流石に簡単にはやらせてもらえんなっ! 機械人形よ、号令をかけよっ! バリアを待つ余裕はないぞっ! 」
鬼神王が巨大な幅広剣を抜き放ち、グルグルと回転させながら走り出した。
「はいっ! 作戦開始だっ! アリウム、早く障壁を張れっ! グラマスはアリウムの支援にっ!」
予定外の号令にも関わらず、パーティーメンバー全員が一斉に動き出す。
俺の核から魔力がゴッソリと抜き取られるのを感じる。と同時に炎弾と炎のブレスが巨大トレントに向けて放たれ、宙に浮かんだ土盾と水塊がそれぞれの守るべき対象の周りを飛び回り始めた。
簡単な指示しかしていないが、鬼神王もアリウムの側に陣取って、幅広剣を振り回している。
俺も精霊たちを護るべく、まだ名前の決まらない、鍛治の女神が鍛えた魔法剣を下段に構えて走り出し、俺の後ろには、愛用の黒い棍を肩に担いだソーンが続く。
「さぁみんなっ! やってやろうっ!!」
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