木の魔物②
今日は3.11。東日本大震災が起きた日です。
あの日の恐怖、忘れることはできません。
そして、遅々として復旧の進まない能登半島地震の被害者のみなさま、頑張っているみなさまが言われるのは苦しいかもしれませんが、敢えて言います。
頑張ってくださいっ!
俺の前世では、『鬼に金棒』なんてことわざがあったのだが、目の前を歩く赤鬼が振り回すのは、巨大な幅広剣=ブレードソードである。
それにしても、あの大きさの幅広剣を右手一本で振り回すのだからものすごい。
「そうかそうか。お前さんは、ブラドの所にいた嘆きの妖精=バンシーだったのか。あの頃の姿からだいぶ変わったな。可愛らしくなった。カッカッカッ!」
旧知の仲なのか、鬼神王は左肩にヒンナを座らせ、楽しそうに会話を続けている。
「高い所の方が索敵しやすいから」と、半ば強引にヒンナを肩に乗せたのだが、ヒンナも特に嫌がる事もなくおしゃべりしていた。
《 ですです。ブラド様から手伝いをするように言われてヒロ様に従っていたのですが、ヒロ様の魔力が美味しくて……、いえ、違いますよ!? 私が食いしん坊なわけではありませんから!? 》
「カッカッカッ! 魔力が美味いかっ! そうかそうか! どうりで肌艶も綺麗になっている!」
狭い通路で大声で笑うものだから、壁に反響してうるさい事この上ない。
しかし、この会話は天井から垂れ下がっている木の蔦の攻撃によって遮られる。
「おっ!? 切り通しの中にもトレントがいたかっ! すまん、ワシの幅広剣=ブレードソードでは取り回しがきかんっ! 頼むっ!」
鬼神王のすぐ後ろを歩いていた俺は、素早く魔法剣でトレントの蔦を切り離った。
「ソーンさん、灯りをっ! サクヤっ、天井だ、頼むっ!」
ソーンは言われるより早く自らの棍の先にホーリーライトの灯りを灯す。魔力を放出した火蜥蜴と共に、暗い通路を照らした。
通路を通る者を絡め取る習性なのか、鞭のような蔦による打撃が繰り出される。
しかし、指示を聞くまでもなく発動されたアリウムの魔法障壁がパーティー全体を囲むと、蔦からの打撃は、まったく意味を成さない攻撃と化した。
「ありがとう、アリウム助かったっ! サクヤ、ニール、二人で天井を焼き払ってくれっ!」
不意打ちさえ喰らわなければ、アリウムの防御は絶対と言っていい。魔法障壁を維持する為の魔力にしても、特訓の成果もあって心配ないだろう。
広い範囲を【アンチバリア】で囲う練習は、軍隊蟻を相手に何度も繰り返してきた。そして、【アンチバリア】の一部に穴を開ける練習も。
ゴゴ――っ!!!
タイミング良く魔力障壁に開けられた丸い穴から、2本の炎の束が撃ち放たれる。
俺たちパーティーの対多数への特異戦略【トーチカ】。炎の威力は充分。天井からぶら下がっていた蔦のトレントは、見事に焼き払われた。
「ほぉ、ほぉ、これは楽チンだな。お前さんたち、やればできるではないか。アリウムの障壁があれば、気を張ることも必要ないな。」
俺たちに蔦のトレントへの対処を任せて、ひとごとのように見物していた鬼神王は、嘆きの妖精を肩に乗せたまま、またのんびりと歩き出した。
俺たちは、そんな鬼神王の気の抜けた態度に呆れながらも、警戒を解く事なくその後に続く。
もちろん、アリウムは【アンチバリア】を展開したままだ。そんな俺たちに対して、今度は鬼神王がニヤリと牙を剥き出しにして笑った。
「ずっと障壁を張りっ放しでも大丈夫なら、不意打ちもまったく怖く無いな。カカカッ、頑張れよ少年。」
♢
このダンジョン【鬼ヶ島】は、元鬼神族の砦だったものを利用している為、地下に潜るのではなく、階段を登る。
大きさも、岩山一つ分といったところで、階層も地上10階程度、上に行くほど狭くなるらしい。
一階は、先程の広場を中心に、南側に大きく広がっており、東西に山を囲むような作りになっている。その外側は広大な空堀が囲んでいて、空堀に浮かんだ山城といった様相になっている。
つまり、このダンジョンは地上一階が一番広い。
この一階のフロアは、巨石を利用した迷路のようになっていて、所々に小さな部屋がある。
通路では蔦のトレント、部屋では樹木や草花のトレントと、どこに行ってもトレントだらけ。岩山という植物にとっては過酷な環境のはずなのに、その繁殖力の強さには関心するほどだ。
「アリウム、魔力量は大丈夫か? まだ一階なんだから、無理はするなよ。」
「全然大丈夫ですよ。蟻相手に死ぬほど魔力搾り尽くしましたから。ヒロさんと一緒だった時よりも、魔力総量は増えてると思いますよ。」
俺たちの間だけでよく使われるポーズ。
親指を立てて応えるアリウムは、人と話す時も澱みなく話せるようになった。
努力が自信に変わり、容姿に対するコンプレックスも克服し始めたのだろう。
他人からの悪意になんか負けるな、頑張れ、アリウム。
アリウムが【アンチバリア】を貼り続けてくれている為、トレントの不意打ちに悩まされることはない。また、このダンジョンを知り尽くす鬼神王の案内のおかげで、広いはずの一階のフロアだが、2階に上がる階段に迷わずすんなりと辿り着くことができた。
「――なんでしょうか、これ?」
2階に登る階段は、階段の後ろに向かって壁が窄まった部屋にあった。
ソーンが見つけたのは、壁が窄まった先に建てられた社。ボロボロの格子戸を覗き込むと、中には井戸があった。
「 ……それは空井戸だ。はるか昔からそこにある。伝説では、砦の外に繋がっている秘密の抜け穴だとか云われていたな。まぁ、誰もその真偽を確かめたものはおらんがな。」
不落の城には、この手の伝説がよくあるもの。
実際には、地下水脈の変動などで水が枯れてしまった井戸がほとんどだろうが、人の想像を色々と掻き立てる雰囲気があるのは間違いない。
「――ん、どうしたミズハ? 」
波の乙女が宿り場である水筒から抜け出して、社の格子戸に張り付いて、その中をしきりに気にしている。空井戸とはいえ、水に関わりの深い場所が気になるのだろうか。
「――何をしてるっ! それ、さっさといくぞっ! 早く天守に行かねば、アエテルニタスどダンキルに怒やされるぞっ! ウカ様の魔力核は山のてっぺんにあしらわれた天守に安置されていたのだからな。」
自分はのんびりと歩いていたくせに、早く上に行こうと急かしたてる鬼神王。俺たちは、深いため息をつきつつ、先に階段を登る鬼神王の後に続く。
波の乙女だけは、しばらく社を気にしていたが、俺に名前を呼ばれると素直に水筒に戻ってきた。
何がそんなに気になるのか、2階に上がり、その景色が見えなくなるまで、波の乙女は古い社を見つめていた――
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