木の魔物①
ザワザワザワ――
かつて鬼神族の神を祀り崇めていたという広場。
風が吹き込む様子はないが、何故か葉の擦れる音が騒がしい。
周りは様々な木々が埋め尽くし、ここに入ってきた入り口以外には通路が見えない――
「ん――!?」
いや、何故か入ってきた通路も無くなっていた。
いつの間にか360°、全方位を生い茂る木々に囲まれている。
「――ふうむ。そういえば、鬼神族の結界は植物には効果が無かったかの。皆、武器を構えよ。」
そう言うと、鬼神王は自らの得物である徳大の幅広剣=ブレードソードを背中の留金から外した。
カチャリという音を合図に、俺たちもそれぞれの愛用の武器を構える。
「――トレントだ!!」
鬼神王はそう叫ぶと、右手で幅広剣を振り回しながら自らの正面に向かって真っ先に走り出した。
「――俺は右手、ソーンさんとニールは左手、それぞれ迎撃! アリウムっ! 後ろは任せたっ! 」
素早く陣形を指示しながら、俺はまだ名前の無い魔法剣を横薙ぎに払った。
銀色の剣線を残して剣が振るわれると、その場所には、離れた場所から鞭のように振るわれたトレントの枝がパラパラと音を立てて落ちた。
トレント――意思を持った樹木の魔物であり、自分たちのテリトリーに入り込んだ者を捕らえて、その身体の養分とする。
神聖な場所と聴かされた為、まさか魔物は入り込めないと思い込んでしまったのは、冒険者として大きな失敗である。
しかし、先頭切って飛び出した鬼神王は、嬉々としてブレードソードを振り回していた。
「おそらく、この神域で長い年月育ったことで、自然に樹木に意思が宿ったのだろうよ。まぁ、悪意では無く本能だろうが、此奴は魔物だからな、お前さんたち、容赦はするなよっ!」
そんな事あるのか?
しかし、実際に樹木から襲われているわけだし、易々と奴等の養分になるわけにはいかない。
だいたい、遠距離から繰り出される枝の数が多すぎて、手ごころを加える余裕なんか微塵も無い。
「サクヤっ! ファイアボールっ!」
俺は火蜥蜴に遠距離攻撃を指示する。
サクヤは、進化する前には苦手にしていた炎塊の操作も、しっかりとこなせるようになっていた。
相手は植物。多分に炎により攻撃は苦手であろう。俺と反対側の位置では、古竜の子ニールがドラゴンブレスでトレントたちを焼き払っている。
「ハニヤスっ! 石盾を展開っ! ミズハは水塊でグラマスの両脇を守ってっ! 」
土小鬼と波の乙女に、後方警戒を受け持つアリウムの魔法障壁ではカバーしきれない所の防衛を任せる。
衛星のように俺たちの周りを飛び回る土属性と水属性の盾は、二人の精霊によって見事にコントロールされていた。
無垢の魔力核を吸収してしまってから、俺の魔力総量はかなりの量増えたらしい。いくらでも魔力を貯め続けることが出来そうな、そんな気分にもなってしまうほどである。
合わせて、魔力を生み出す力も、以前よりも早く、そして大きくなった気がしている。
何故なら、以前には感じられた精霊たちやニールに魔力を吸い上げられる感覚が、相当楽に感じられるようになったのだ。
ともすれば、立ち眩みで倒れそうになるほどの脱力感だったものが、今はほとんど感じなくなっている。
「フユキっ、ヒンナっ! 二人は地面を凍らせてっ! 草花もトレントみたいだっ!」
大きな樹木のトレントに気を取られていたが、いつの間にか足もとに草花が殺到してきた。足を捕らえられてしまえば、臨機応変な対応が出来なくなってしまう。
そうなる前に、冷気を這わせて地面ごと低木のトレントたちを凍らせる。
グラマスは大丈夫か? と横目に視線を向けると、彼は足元に殺到する草花をもろともせずに、ぐるんぐるんと幅広剣を振り回しながら突進を続けていた。
絡みついた草花は無理矢理引きちぎり、足を止めずに前進していくグラマスの姿は、まさに赤鬼。
その怪力を封じる為には、極太の鎖であっても難しいだろうと思わせるほどの迫力である。
あんなすごい王様でも、ここを守りきれなかったなんて、どれだけの魔物の大群であったのだろうか――
ふと、リンカータウンの攻防戦の記憶が呼び起こされる。
あの時に感じた数による絶望感。そして恐怖。
次々に押し寄せる魔物たちの大津波は、ゆっくりに見えて、しかしいざ目の前まで来るとあっという間に飲み込んでゆく。
そして、大事なものを奪っていく――
「―――っ!」
思わず剣を握る手に力が入る。
鍛治の女神ブリジットが鍛え直した魔法剣は、いとも簡単にトレントが伸ばしてくる枝を切り飛ばす。
サクヤの炎塊はトレントの身体を焼き尽くし、フユキとヒンナの冷気はどんどん範囲を広げ、草花のトレントたちを凍らせていく。霜だらけで動かなくなったトレントたちは、ハニヤスの土盾によるシールドバッシュで砕かれ、キラキラと氷の粒となって吹き飛ばされていった。
左翼を任せたソーンとニールのコンビは、近距離をソーンが、遠距離をニールが受け持ち、うまい連携でトレントを圧倒しているし、後方を任せたアリウムは、その絶対防御の魔法障壁でトレントの攻撃をシャットアウトしている。
やるな〜――
俺も負けられない。
その切れ味にまかせ、剣を振るい続ける。
徐々に攻撃してくるトレントが減り始めたところで、正面に突貫していた鬼神王から声がかかった。
「ほれっ! こっちだ! 先に進むぞっ!」
先程まで、木々に囲まれて行き先が無かったはずなのに、鬼神王が幅広剣で正面のトレントを切り飛ばすと、そこに通路が現れた。
勝手知ったる鬼神族の砦跡。彼がいてくれなければ、道を見つけることもできないまま、トレントたちと戦い続けていたかもしれない。
「ほれっ! 早く来んか! トレントなんぞに手こずっているようでは、この先が思いやられるぞいっ!」
右腕の筋肉を膨張させ、力に任せて幅広剣を振り回すことで押し寄せるトレントの枝を粉々に砕いている。
しかし、左手は腰に添えられ、余裕な立ち姿の彼が俺たちを見る目には呆れが覗いていた。なんともバカにしたような表情だ。
俺たちが息を切らして出口に辿り着くと、鬼神王が俺の背中に気合いの平手撃ちを喰らわせた。
ばしんっ!?
「まったく、しっかりせんかっ!」
機械人形の身体が砕けてしまうのでは……。
そう思わせるほどの一撃。
もしかしたら、鬼神王の手形が背中に浮き出ているかもしれない……。
いつもこんな風に鍛えられていたのだとしたら、ハルクが恐れるのも、納得できるというものだろう……。
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