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鬼ヶ島


           ♢



《 ご主人様、この傘可愛い。ありがとう。 》



 最近、いつもパーティーの斥候役を務めてくれる嘆きの妖精=バンシーのヒンナが、真新しい黒い日傘をクルクルと回しながら、上機嫌に笑っている。

 

 俺の魔力をしっかりと取り込み、以前のような辿々しい話し方から、流暢な話し方へと成長した。

 その服装も、いつからかゴシック調の黒いドレスを着込んでいるのだが、フリル付きの黒い日傘をさすと、恐怖を司る精霊らしい不健全さが、何か日本的なゴシックロリータに変わっているのに不思議を感じる。


 まぁ、正直、まるで冒険に向かっているようには見えないのだが、小人サイズの可愛い人形が、自らコーディネートした服装を咎めようとする者はここにはいない。



「――カッカッカッ! ボタンの瞳に、チャックの口。まるで玩具の人形だが、妙にその服装が似合っとるのぉ。うむ、可愛らしいっ!」


 褒めているのか貶しているのか、解りにくい言い回しで大声で笑っているのは、冒険者ギルドのグランドマスターであり、元使徒の一人である鬼神王ギルである。


 もう一つの忘れ去られたダンジョンへの探索へ向かう旨をグラマスに報告しに行った所、「ワシも行くっ!」 と言って無理矢理付いてきたのだ。


 突然、ギルドの管理という仕事を押し付けられた秘書のヒルダさんは、盛大な溜め息をついていたが、表情をピクリとも動かさず、グラマスが同行するのを許してしまった。

 流石、優秀な秘書さん……、と思ったら、実はしょっちゅうこういう事を繰り返しているので、ヒルダさんも慣れっ子になっているらしい。



 そんなヒルダさんの苦労を知ってから知らぬか、肩で風を切るようにして歩く赤鬼の大男。

 かつて戦闘狂と呼ばれたこの男。鬼神王ギルは、上機嫌に鼻歌を歌っている。


 たまに現れる逸れのゴブリンやコボルトなどの魔物は、ほとんど一瞬でこの赤鬼が倒してしまった。

 その太い腕一本で、これまた大きな大剣を振り回していて、その大剣の幅たるや、弟子である長剣使いのハルクのものの5倍はあろうか。


 大柄な身体はまるで年齢など感じさせず、長い年月生き抜いてきたとは感じさせないが、角を掻きながら牙を剥き出して笑う姿は、その辺の子供が見たら泣き出してしまうだろう。

 


「 まさか【鬼ヶ島】にお前たちを案内する時が来るとはな……。」

 今は使う人がほとんど居ない街道は、雑草が疎に茂り、獣道のような有様である。

 もう一つの忘れ去られたダンジョン。

 鬼神王曰く、かつては【鬼ヶ島】と呼ばれていたらしい。


 「島」ってどういう意味? とのアリウムの質問に、鬼神王が笑いながら答えた。



「カッカッカッ! 鬼ヶ島はなぁ、ダンジョンと位置付けられてはいるが、地下にあるわけではないんだ。あそこはな、鬼神族の砦跡……地上にあるダンジョンだよ――」


 目を細める鬼神王。

 右手を庇のようにかざして、遠くを眺めている。



「ほれ、そろそろお前たちにも見えるだろ。あれが【鬼ヶ島】。かつての【試練】のダンジョンと言われた鬼神族の山城だ。」


 

           ♢



 草をかき分けながら、鬼神王に連れられて、【鬼ヶ島】の山門だという所に来た。

 ……のだが……、名残は全く感じられない。門だと言われたが建造物は皆無で、目の前には巨石のみ。砦跡と呼ぶのは憚れるような自然の岩山にしか見えない。



「 ……お前たち、こっちだこっち。早く来いっ!」


 鬼神王に促されて、俺たちは案内されるがままに後ろについていく。

 不思議なことに、道中現れたような魔物の類いは、山門の跡に入ってからは皆無であった。それどころか、緊張感漂うその場所は、空気がピンと澄み渡り、音も聞こえないように錯覚するほどであった。

 

 

「 うむ。魔物の大群に襲われて壊滅はしたが、【鬼ヶ島】に施された鬼神族の結界は生きているようじゃな。長い間放置されていたのに、これは驚いた。」


 巨石で組まれたトンネルを潜り、開けた場所に出る。そこには植物が生い茂り、大小様々な木が立ち並んでいた。

 音の立たないその場所は風も吹き込まない。

 肌に感じる温度も、外よりも少しひんやりとしている。



「なんか、雰囲気のある所ですね。」


「そうね。まるで神殿の中みたい。」


 アリウムとソーンが素直な感想を口にすると、それを肯定するように鬼神王が頷いた。


「うむ。まさにここは神殿と同じよ。ここはかつて、鬼神族が神を祀っていた場所だ。まぁ、ワシですら名前も知らない、記録から消え去った鬼神族の神だがな。」


「 ……名前も知らない神って……。太陽神の教えだけを盲目的に信じていた頃なら全否定してたでしょうけど……。色々と隠されてきた歴史の話を知ってしまった今なら、それもありえることだと思えるわ……。」


 かつて頑愚なだけの聖職者であったソーンは、今は進取果敢、固定観念に囚われず、自らで情報を判断するようになった。

 彼女はきっと、これからの人生、他からの意見を受け入れながらも、何事にも躊躇せず挑戦していくだろう。



「ほぉ、聖職者とは頭の硬い奴ばかりかと思っていたが、お前さんのような聖職者もいるのだな。」


 木々の隙間から差し込む光が、トンネルの先に開けた空間を照らしている。

 名前すら忘れさられた神を祀っていたという場所だが、今でも厳かに空気を引き締めている。



「そういえば、お前さんたちは太陽神と狐神の関係も聞かされていたのだったな。歴史とは勝者の歴史。敗者は常に悪を背負わされ、都合よく虐げられ続けてきた。例えば――」

 

 広場の中央まで進むと、鬼神王は俺たちへと向き直り、語り始めた。



「――魔族と呼ばれる者を知っておるか? 名前に『魔』などと酷い文字をつけられている種族だ。本来、そんな種族はないのだが、かつて、我々、鬼神族は魔族と呼ばれていたのだ。」


「―――!?」


「――それは何故だと思う? 所謂お前さんたちの知る善なる神々ではない他の神を信望していたからだよ。ワシら鬼神族もそうだし、例えば遥か北に住むダークエルフと呼ばれるエルフ族もそうだ。自分たちと違う価値観を持つ者たちに対し、傲慢にも『人ではない』などと宣って我々を呼び始めたのが、魔族なんて言う呼び名なのだよ。」



 鬼神王は驚く俺たちに戯けた様子で肩をすくめる。


「だいたい、誰が進んで自分たちの事を『魔』だなんて呼ぶ? 『ダーク』エルフだなんて、わざわざ自分の事を呼ばんだろう? 実際、彼らは自分たちの事はちゃんとエルフ族と名乗っておるよ。」


 

 しんとした部屋に鬼神王の声だけが響いていた。

 また新しい歴史のサイドストーリーが明らかになっていく。きっとこの場にライトが居たならば、目を輝かせて聴き続けただろう。


 それにしても、歴史を語り継ぐ事の難しさ。

 歪みも含めて、それを知るものの言葉を受け入れる者と受け入れない者の差は、どこに生まれるのだろうか――

 


 


 

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拙い文章ですが、読んでいただいている皆さんに感謝です。楽しんでいただければ幸いです。
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